見出し画像

ロバ、山羊飼い、歌唱

 天体の運動は音楽である。音楽は美しいものである故に、全能者が作った天体が見苦しくあってはならない。とうに恒星へ飲み込まれた地球で、太古の才人はそう言ったという。

「『歌い手』より『山羊飼い』へ。旋律は順調か」

「『山羊飼い』より『歌い手』へ。歌唱の準備は万端整いました」

 山羊飼いとは、ブラックホールへと天体を導く役割だ。太古の先人が予言した、銀河規模でエネルギーを制御可能なタイプⅢ文明においても日常生活を維持する仕事は必要で、山羊飼いもそういった仕事の一つであった。

 ブラックホールに天体を落とすと、それは爆発的なエネルギーを放出する。宇宙に進出した地球人類は、そのようにして生活資源を得ているのだ。

 今回ブラックホールに落とすのは、赤道直径3万 kmの岩石型惑星である。古代ならば考えられなかったほど巨大な地球型惑星で、古代人が羨むような希土類元素 ── ほとんど死語だが慣習的に使われている ── に満ちている。これをエネルギーに変えるためだけに使うのは勿体ないのかもしれない、と山羊飼いは思った。

 山羊飼いは一瞬だけ、統括者である歌い手に上申しようかと考える。だが、これは単なるノスタルジーだと己を戒めた。惑星を山羊と呼んでいるように、ガリレオ・ガリレイの言葉が残っているように、この惑星輸送機をロシナンテと呼んでいるように、地球の文明をできるだけ残そうとしている懐古趣味に過ぎない。

 もしも太古の人類がこの所業を見たら、何と言うだろう。全能者の秩序を乱す破壊者と言われるのだろうか。それとも、荒ぶる神と称されるのだろうか。想像に胸を躍らせながら、少しだけの罪悪感を添えて、山羊飼いは惑星をブラックホールに落とした。

いいなと思ったら応援しよう!