『高台』『兵士』『机』
俺たちの隊は、小高い丘の上から魔女の家を眺めていた。聖騎士団に所属する兵士として、秩序に従わない魔女は排除しなければならない。木製の一軒家の外で、黒い不吉なローブを被った女が洗濯物を干していた。奇妙なほど白いシーツと魔女には不似合いな金の髪が風になびき、一幅の絵のようだと思ってしまう。神に祈りながら十字を切って目を逸らした。毒の美貌に目を向けてはならない。
高台に監視の兵だけを残して陣営に戻り、聖騎士様に敬礼する。
「魔女を見つけました。我々の隊はいつでも出立の準備ができております」
「ご苦労。それでは早速、明朝に出る」
頭を下げて聖騎士の天幕を出る。顔を見られると不満を悟られる可能性があったからだ。明朝に出る?なんと悠長な。近隣の村によると、魔女は古い時代の呪術師であるという。上古の存在であるという事実が与える正当性は、ともすれば教会の権威すら脅かし得るものだ。そんなもの、存在するだけでおぞましい。
「あら、私ってそんなに嫌われているのね」
天幕を出て少し歩いた──と思っていたら、目の前に魔女がいた。私はいつのまにか鎧を脱いでいて、木製の机を挟んで魔女と対面していたのだ。目の前には湯気を立てる薬草茶と干し肉が供されている。
こんなものを口に入れるものか。テーブルを腕で払おうとしたとき、魔女が私の目を見た。空のように青い瞳に吸い込まれ、動きが止まってしまう。まるで蛇に睨まれた蛙のよう。
「あなたたちの考えは分かったわ。分かり合いの余地がないこともね。ただ薬草を調合して暮らしてきただけなんだけれど、それで軍を差し向けられたら困るもの。あなた達には偽の記憶を持って帰ってもらうわね」
そう言って、魔女は私に薬草茶を飲ませました。苦くて熱いものを嚥下した時から、私の全ては私のものではなくなりました。魔女の言っていた事と起こった事から察するに、私は魔女の薬を軍営の飲み水樽に混ぜたようです。陣営を引き払って帰り、魔女を殺したと聖騎士様に報告をさせました。その後、魔女が再び活動を始めた報告を受けて解呪の秘儀を受け、今こうして告白をしています。
私は確かに魔女の手先になりました。この20年も私は私ではありませんでした。神は、こんな私でもお許しになるはず。
このような仕打ちは神の望むところではありません。ですから、どうか私をこの拘束具から外し、机から下ろしてください。
嫌だ。
やめて。
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