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『牧草』『増える』『ビーズ』
牧草地に火を放つ必要ができた。全ては、北東の平野に暮らす連中のせいだ。ここ数十年でやけに寒くなったので南下しようとしてきたのだが、少しばかり文化が違うために融和は無理だった。こちらは羊を飼って暮らす半定住民だが、向こうは狩猟と略奪で生きる遊牧民だ。特に問題なのが略奪癖である。
この地域は交易の拠点であり、我々の部族も交易を担っている。羊毛製品やビーズの飾りは西でも東でも良く売れるのだ。そうして食料を持ち帰ってくることが我が部族の生命線でもある。
だから、俺たちが交易のために町へ出ることは必要なことだった。そこを狙った遊牧民が居住地を襲い、男を殺して女を奪ったのも、だから当然の帰結だったのかもしれない。
略奪をしなければ生き残れないほど過酷な土地に生まれただとか、嫁取りが難しいから拉致をする必要があるだとか、そんなことは知った事ではない。
家具も羊も食料も、家族が暮らしていくための大事な財産なのだ。暴力に長けるからというだけでそれを奪うなら、こちらにもそれなりの考えがある。
「長、俺たちはやります。……ここまで舐められて黙っちゃいられない」
「まあ、ここまでボロボロにされたら死ぬしかないからなあ」
羊と女たちを奪われたなら、もう俺たちは終わりだ。部族は成立しないし、食っていくための財産が無いのだから。
だが、俺たちが素直に終わってやる必要がどこにある。
遊牧民たちは、俺たちの居留守を襲って安心したのか牧草地を中心に続々と増えつつある。放っておけば更に蛮族を呼ぶだろう。
だから牧草地に火を放つ。俺たちはここで死ぬ。あいつらを殺せるだけ殺して。
妻が作ってくれたビーズ飾りを握りしめて、風上に油を撒いた。