『白猫』『吊す』『露店』
白猫は高く売れる。そもそも猫というのが都市に棲まない動物だ。彼ら彼女らは人類種を寄せ付けない深い森に棲んでいる。そこに忍び込んで子猫を攫ってくるのが俺たちの仕事だ。
攫ってくるといっても簡単な話ではない。猫は魔力を持つ生物だ。彼らが集まることで森は彼らにとって住みよく、人間にとって近寄り難い領域に変わっている。蔦が足に絡まって逆さに吊るされる程度なら良い方で、悪くすれば急に生長してきた木の根に刺し貫かれて骸を晒すこともある。
今回も概ね全滅した形となる。30人からなる分隊が俺だけを残して皆死んだり吊るされたりした。だが、幸運にも白猫を攫ってくることができた。白猫は猫の中でも格別に高い魔力を持つのだ。
「おお、白猫じゃねえか」
「まあ珍しい」
抱き上げた白猫に衆目が集まる。誇らしさに胸を張り、後ろめたさに顔を俯けながら猫売りの露店に向かう。猫は猫でも白猫だ、彼を取り扱うような商人は、俺のような無頼者とは縁がない。猫を持つことがステータスとなるような上流階級の貴人たちに直売しているのだから、素性確かならぬ俺たちと日常的に繋がりを持てない。
だから、露天商に取り次いでもらう必要がある。彼らは商人の組合に属しているから上位の組合員に渡りを付けられるのだ。その過程で仲介料は取られるが、売却に成功すれば通常の猫なら1年、白猫なら3年は働かずに暮らせる金が手に入る。
「おう、噂は回ってきてるぜ。白猫を捕まえたとはやるじゃねえか」
「まあ、隊は全滅だけどな。じゃあ今回も……」
良い値段で買い取ってくれ、と言おうとした所で白猫と目が合う。縦長の瞳はそれぞれで色が違っており、片方が青く、もう片方が橙だった。不安を反映したかのように揺れる瞳を見ていると、未だかつて感じた事のない衝動を覚える。この子を守らねば、という強い衝動。
「悪い、この子は売れねえ」
「この子って……猫の魔力にやられたか。まあ、客になってくれるってんなら構わねえが」
露天商は猫の餌売りだ。猫は食べてはいけない物が多く、その秘密は餌ギルドが握っている。猫を飼ったなら餌ギルドから餌を買い続けなければならないのだ。それはつまり、今まで捕らえてきた猫のおかげで溜まった貯えを切り崩す生活が始まるということだ。白猫を飼うというのに猫を攫うような汚れ仕事を続ける気はない。となれば、真面目に働くしかないだろう。
「まあ、なんとかなるさ」
露店で買った餌と白猫を抱えてヤサに帰る。今後の生活に不安はあるが、飼うと決めたからにはやることをやらなければならない。仲間が死んで仕事を引退すると決めたというのに、いつもより足取りが軽かった。
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