『胡瓜』『黒』『暗号』
キュウリとワカメの酢の物が出る季節が今年も来た。それは母の十二番で、私の大嫌いな料理だった。ワカメのにちゃにちゃした食感も、塩揉みされてフニャフニャになったキュウリも私は大嫌いだった。その緑と黒のコントラストがどれだけ食欲を奪うことか!味はもちろん、見た目の面でも大嫌いなメニューだ。それを毎年毎年出されるのだから、私はすっかり夏が嫌いになっていた。
「体にいいんだから、出した分は食べなさい」
小皿に盛られた、三口は必要なキュウリとワカメ。それが出るたびに食事が嫌になっていったし、年を重ねるほどに夏が嫌いになっていった。
大学生の夏、初めて熱中症に倒れるまでは。
ぐらつく頭で、暗号のように感じられる栄養素表を眺める。そこには、熱中症はカリウムの不足で重症化し、キュウリやワカメなどのカリウム豊富な食事を摂ることで軽症化すると書いてあった。
本当に嫌だったが、背に腹は代えられない。子供の頃から見ていた通りに母のする料理を真似た。キュウリを塩揉みし、ワカメを水で戻す。それらを一つに和えて、薄めた酢で味付けをする。何度も何度も私を苦しめた、緑と黒の料理ができた。
鼻をつまんで口にする。そのひと口で、体に足りていなかったものが満ちるのを感じた。大嫌いだったし、今でも嫌いな母の味。体を心配して作ってくれていたことがよく分かる、それは愛情の味だった。
その日、少しだけ夏が好きになれた。