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『昆虫』『女優』『手紙』

あなたの友人、笠井康介より
 
拝啓
 
映画『蜘蛛は昆虫ではない』完成おめでとうございます。主演女優のお顔は今まで拝見したことがありませんでしたが、容姿はもとより演技力も非常に高いレベルで完成されており、魅了されてしまいました。
 
あなたが脚本術の本を読んだと言って一文概要を投げつけて来た時から、これは大きく伸びるか大批判を買うか、いずれにせよ世間の関心を買うに違いないと思ったのを今でも覚えています。
 
『結婚相談所で紹介された宇宙人は、そんじょそこらの男より魅力的な奴だった──体がタコであることを除いては』
 
そこから出てくるタイトルが『蜘蛛は昆虫ではない』と来るのですから、どこに連れていかれるものかと不安半分期待半分の気持ちになってしまった事を昨日のように思い出します。
 
大丈夫、あなたの映画は私を楽しい所へ連れて行ってくれましたよ。正直、近頃の日本映画にはラブロマンスを軽視している風潮があると思っていましたが、あなたの脚本では宇宙人の彼が非常に魅力的に描写されていて、だというのに人間大のタコというのが怖さと可笑しさを巧みに演出しているように感じました。デートコースの定番だと言って、タコの天敵であるウツボやサメが跋扈する水族館を選んだところは可笑しいやら可哀想やら、だというのにヒロインに楽しんでもらえるようにその気持ちをおくびにも出さない姿も胸に来るものがありました。
 
そして、クライマックス。昆虫好きのヒロインが鮮やかにタイトルを回収した終わり方まで合わせて、非常に高いレベルで完成された作品だと思っています。
 
さて、私はもしかするとあなたにとって蜘蛛だったのかもしれません。大学教授ですからね。学生のあなたにとっては、捕食者である蜘蛛のように見えていたことでしょう。怖がっていたのも知っていましたが、私は不器用なので接し方を変えることはできませんでした。
 
ですが、あなたは私を慕ってなのかナメてなのか臆せず話しかけてくれて、こうして自分の映画を見せてくれるまでになっている。確かに蜘蛛は昆虫ではありませんが、虫とされる動物群には違いないのです。あなたが授業をちゃんと覚えてくれていたことが私にとって何よりの驚きで、鮮やかな伏線回収でしたよ。

敬具

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