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『階段の踊り場』『アイマスク』『描く』
階段には踊り場がある。階段が向きを切り返す場所であり、要は平面、プラトーだ。ここを起点にして、通行者の向きは180°変わるようにできている。
子供の頃からずっとやってみたかったことがある。というか、あのプラトーを踊り場と呼ぶことを知ってからと言った方が正しいだろうか。
目隠しをして踊ってみたい。危ないくらい分かっているが、カリギュラ効果は誰にも止められないし、誰にも止めてほしくない。
そういうわけで決行日。火曜日の13:30に体調不良を偽って授業を抜け出した。勿論、行き先は1階の保健室ではない。3階へ向かう階段の踊り場だ。上り階段と下り階段を視界に収め、アイマスクを装着する。例のインド映画を思い出しながら、タンゴ、スイング、フラメンコを激しく踊る。On a knife-edgeだ。こんなスリリングなことはない。
強調しておくと、私には自殺願望はない。ただ踊り場で踊ってみたいだけだ。この1年間ずっと目隠しで縄跳びをして平衡感覚を養い続けてきたから、自分がどの程度移動しているのかはきっちりと把握している。ナイフの刃の上でも危なげなく踊り続けられている。
だが、どうだ。例のインド映画になぞらえているならば、今ここでアレを踊るべきではないのか。架空の義弟を意識しながら見得を切る。
「Not salsa, not flamenco my brother. Do you know Naatu?」
何度も通して聴き続けたNaatu Naatuを口ずさみながら、ネクタイとブラウスを緩め、制服のプリーツスカートを翻してステップを刻む。熱中だ。踊りはやはり楽しい。そしてダンスは最序盤を終え、広場へと大きく飛び出すシーンを思い浮かべて跳躍した。
ここが踊り場なのを忘れて。着地地点の床が一段低くなっていたのだ。
跳躍した勢いのまま階段を転げ落ち、最後に頭を庇った腕は体重を支え切れずに骨折してしまったようだ。頭をぶんぶんと上下に振って、痛みを訴える方の腕を見る。開放骨折の状態になっていた。床に血の軌跡が描かれる。
落下音と呻きが聞こえたのだろう、大塚先生が教室の扉を開いたのが分かった。生体核融合炉を備えた大塚先生の駆動音はよく分かる。変身してもなお変わらない大塚先生の心配そうな顔が、私の惨状を捉えて慌てた声を出す。
「喜多、一体どうした」
「いや、目隠しして踊り場で踊ってみたくなって」
何を言っているのだろう、という顔をされた。本当にすみませんでした。