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『枝』『灰色』『トランプ』

「どうだった、ドイツ旅行の思い出は」
「2年も旅行するかよ。ひたすらどんより灰色の空で、ただでさえ出張だってのに気が滅入るったらなかったぜ」

 帰国した友人をダシにして飲みに来たら、開口一番から愚痴が続いた。曰く、誰も彼もメールを見ないだとか、取引先じゃアイスブレイクの時間が長いだとか、自己主張が激しすぎるだとか、概ねそういった内容だ。
 最初の一杯からビールではなく日本酒でエイヒレ酒なのだから、よほどうんざりしたのだろう。出国以前に飲んだ時は乾杯はビールだったしソーセージをつまんで飲んでいた。飲酒の作法が変わるほど向こうの食事にうんざりしているのだろう。

「愚痴も良いけど、土産話も聞きたいね。何か変わったものとかあった?」
「色々あるけど、愚痴にならない変わったものってなるとアレだな。トランプ」

 ビールジョッキで口元を隠す。思った以上にどうでもよさそうな話だったからだ。彼の行った都市が古代ローマに作られた都市であるトリーアだと知った時から話を聞きたかったのに。
 だが、話を振っておいて興味がなさそうな態度を取るのは良くない。ビールを口に流し込んでホップの苦味を感じていると、彼はトランプを手渡してきた。ジョッキを置いて受け取ると、絵柄スートがよく見たものと違っていた。

「日本のトランプはスペード、ハート、クラブ、ダイヤだろ。ドイツは鈴、心臓、木の葉、ドングリなんだよ」

 どや、と返事待ちの様子でこちらを見てくる彼には悪いが本当にどうでもいい話だった。ふんふんと興味がありそうな素振りを見せながら、アルコールが巡り始めた頭で話題を捻りつつトランプカード一式をめくっていく。心臓の13枚が終わって木の葉の絵札に辿り着くと、枝から生えている葉っぱが増えていく形でスートの数字を表現している事に気付く。

「へえ、枝から生えてるのか」
「そうそう。葉っぱは普通に見りゃ分かるんだから枝の補足要らねえだろって思ったんだけどな、ドングリは無いとちょっと分かんなくてさ。多分そういうことなんじゃねえかな」

 更にめくってみると、彼が「これがドングリ」と示してきたスートはどう見てもドングリではなく派手な色の真空管だった。枝が無ければドングリだとは思わないだろう。
 まずい、本当に話が広がらない。わざわざトランプを買ってくるほどだから相当に自信のある土産話だろうに、このままでは友人としての沽券に関わる。俺の方から俺の趣味に合う話を振らなくては。

「トリーアの町はどうだった?」
「伝統あるらしいな。古いだけだけど」

 ぐっとこらえる。トリーアがオクタヴィアヌスの建設した由緒ある都市だということは、古代ローマオタクではない彼にとっては関係の無い事だ。それに無関心というのは癇に障ることではあるが、機嫌を損ねるほどのことでもない。他にも共通の話題は山ほどある。

「ま、飲むか」
「おう? まあ飲むか」

 結局その日は、若干のウマの合わなさを肴に酒を飲んだのだった。

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