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『狐』『兵士』『スイッチ』
兵士として雇われてから長いが、「狐と狩人」の訓練だけは何年経っても慣れない。旧市街を使って狐役と狩人役に別れての小規模戦演習で、上官の指示に合わせて狩る側と狩られる側がスイッチするのが特に難儀だった。狩る側として追い詰めたと思ったら、追い詰められた狩られる側が猛反撃をしてくるのだ。これほど危険な訓練はそうそうない。
入隊してからずっとつるんでいた、仲のいいやつがいた。同じ隊で同じ食事を摂り、同じ訓練を受けて絆を紡いできた。
「狐と狩人」では、刃を潰したものとはいえ実剣が使われる。追跡側も反撃側も本番並みの戦いぶりが求められ、そのために相手方に怪我をさせてしまうことはしょっちゅうだった。
本気の追撃訓練だった。刃引きした剣は脆く、打ち合いの果てに剣が折れた。それも良くあることだった。本気で逃げた友人の隊に追いついたところでスイッチの指示が来た。だから俺は折れた剣で抵抗して、折れたせいで出来た切っ先が友人の喉に突き刺さった時は酷く現実感が無かった。彼の喉から暖かな血が溢れ、空気を求める喉がごぽりごぽりと泡を吐き出す様子を見てそれでもまだ現実感はなかった。
何年経っても思い出す、目をかっと開いた彼の表情。それを夢に見る度に俺がやったことを思い知らされる。友人の命を奪った事実を思う度に仕事を辞めようと思うものの、暴力を身に着けた兵士を雇う堅気の商売など無いし、都市を守れる立場は誇りでもある。
どうしようもないことだ。今日も「狐と狩人」がある。今日こそあの日のように死ぬかもしれないが、そうなっても仕方がない。現実を知って憧れは消えて、それでも俺は生きなければならないのだから。