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『浮き島』『命令』『風呂場』

 シュリーマンがトロイアを発見できた以上、アトランティスもあるだろうから探せという命令を受けた我々はスペインにあるジブラルタルに滞在していた。
 今日も痕跡一つ見つからずにフェロルに帰ってきた俺たちは酒場で互いの労を労っていたのだが、副船長がこそこそと耳打ちをしてくる。

「船長、こんな仕事していいんですかねェ?」
「そう言うな、十分に活動費貰ってんだから成果無しじゃあ面子が立たねえ。せめてお宝の一つでも見つけなきゃよ」
「まァ、そりゃそうなんですが……船員たちは神の裁きを恐れてます。アトランティスは物質主義キムラヌートに堕ちた悪徳の都、探すのも罰当たりって具合でさ」

 神が本当にいるのかなんて怪しいものだ。かといって、不安を笑い飛ばすのも良いことではない。船長はいつだって船員の反乱をケアしなければならないからだ。

「大丈夫さ、罰は俺がおっかぶるように神様に祈ってる。お前らは安心してアトランティスを探せ」
「船長……」

 俺は元から無神論バチカルに堕ちている。だからこそ言える適当な嘘だが、聞き耳を立てていた船員たちにとっては感動的な言葉だったらしい。

「お頭!俺ァやりますぜ!」
「褒美は期待してますよ!」

 沸き立つ彼らに向けて、鷹揚に手を振って返して席を立つ。今日は疲れた。早く風呂に入って休みたいのだ。最近になってイギリス本土で施行された公衆衛生法の影響で、ここジブラルタルにも風呂屋ができた。ユダヤの俺にとって風呂に入らないのは酷く落ち着かないことなので、これは素直にありがたい。
 体を洗って湯船に浸かると、疲労が溶け出していくようだった。だが、未だに風呂場と便所を勘違いしている奴がいるために水面に浮いた糞が浮き島のようになっている。嘆息して湯舟を出た。こんな湯船に浸かっていても体を壊すだけだ。再びシャワーを浴びていると、湯船に浮いている糞が頭から浮かんで離れない。何かが思いつきそうな気がしていた。

「エウレカ」

 船働きで身に着けた自慢の体を流していると、一つの思い付きが頭の中を駆け巡った。


「アメリカ行きの船を襲うですって?」
「そうそう。それで行こう」

 翌日、調査航海のために船を出してしばらく、暖かい大西洋を行く船の甲板で船員たちに言葉を投げた。予想通り、ざわめきが帰ってくる。

「本国がアトランティスを見つけたいのは、シュリーマンに触発されたのもあるだろうが、要は金が欲しいからさ。アトランティスくらいでっけぇ大陸だったらお宝も見つかるだろうってな」
「そりゃそうでしょうが、アトランティスを見つけろってのも本題でしょう。仮に孤島くらいしか得るもんが無かったとしてもアメリカとの交易拠点にはなります」
「孤島を見つけるまで何年かかる?日当しか貰えねえこの仕事はとっとと終わらせて、俺は交易に戻りてえんだ。元々この船は商船だぜ、商売してナンボだろ」

 ざわつく船員たちは、やはり納得していないようだった。当然、プライベーティア行為はとっくにパリ条約で禁止されているし、戦闘になれば被害も出る。難色を示してもおかしくはない。どうやって静めたものかと思っていると、後ろに控えさせた副船長が空へとピストルを放った。
 ざわめいていた船員たちが一様に黙り込む。やはり最後に物を言うのは銃だなと思って彼の方を振り返ると、俺の首めがけてサーベルが迫っていた。そのまま、勢いよく俺の首が刎ねられる。妙な話だが、良い腕だと思った。

「法を破るのはダメだろ」

 そう言って、副船長は首になった俺を海へと放り投げる。血が抜けるばかりの頭から急速に意識が抜けていく。
 意識が霧散する直前、確かに海底に建つ灯台を見た。驚いたことに、アトランティスは本当にあったらしい。奴らがどうやって見つけるのかを思いながら、俺は意識を手離した。

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