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『火山』『王女』『気球』

 王族は価値のある血統だ。建国神話によれば、彼らは神の血を継いだ存在なのだという。類感呪術の手引きによれば、彼らを供犠に捧げることは神に神を捧げることに等しいのだという。
 だからこそ王族は固く守られている。攫う事は容易でないし、攫ったとしても生贄にする前に奪い返されるだろう。

「ということで、こういうものを持って来ましてね」

 部下たちが忙しなく準備しているのを横目に、椅子に縛り付けた王女の目隠しを外した。気丈にも私を睨んでくるが、その瞳の奥には持ち込んできた物への訝しさがあった。その気丈さは扉を破ろうと奮闘している騎士たちによるものも大きいだろう。
 獣の皮を継ぎ合わせて作った袋と、2人乗りの籠、そして2つを繋ぎ合わせるためのロープ。熱術で袋の中の空気を膨らませ、空を飛ぶための道具。熱気球と名付けたもので、山の向こうの人目に付かない地域で試験も済ませてある。
 王女を椅子から下ろして前に抱え、部下が用意した熱気球に乗り込む。熱術の起句を唱えると気球内の空気が膨張し、宙に浮き始めた。驚愕に歪む彼女から視線を外し、部下たちを見た。

「すみません、死んでください」

 酷な命令だと我ながら思う。だが、王城に突入して王女の寝室に至るには人数が必要だったし、熱気球に全員が乗り込むことはそもそも不可能だ。彼らには、死兵になってもらう必要がどうしてもあった。

「ま、どうせ私も後を追います。向こうで先によろしくやっていてください」

 軽く手を振って別れを告げるのと時を同じくして、騎士が雪崩れ込んできた。部下たちを易々となぎ倒したのだろう、バルコニーへ1人の騎士が至り、私に向けて矢を番えた。その足首を掴む部下を足蹴にした彼がどうにも気に入らなかった。

「私を撃つのは結構ですが、王女も死にますよ」

 遠声の術を使って騎士に話しかけると、騎士は苦々しげに弓矢を下ろして室内へ戻っていく。部下たちを殺しに向かったのだろう。
 私の気持ちには関係なく、気球はどんどんと上昇していく。やがて山に向かう風を捕まえたらしく、気球が目的地へと進みだす。

「おや、良い顔ですね」

 王女の顔は恐怖に染まっていた。騎士の救出が間に合わなかった以上、彼女の希望は潰えている。私たちの出自を考えれば、彼女がどうなるのかは考えるまでもないことでもある。

「まあ、これ以上の乱暴はしませんよ。綺麗な体でいて貰わなくては生贄に相応しくない。自傷もよしてくださいね。是非とも綺麗なままでいてください」

 手足は拘束している。彼女には何もできない。だから、彼女をこのまま火山に投げ込めば我らの神への供犠となる。万願成就の時は近い。高揚してチカチカする視界が、ついに火口を捕らえた。

「我らが神に、至高の供犠を捧げます」

 熱術を解き、気球を火口に向けて落としていく。もうすぐだ。あの煮えたぎる溶岩に入れば、王国を良く呪えるだろう──ごぼ、と音がした。
 腕の中の王女が、口から血を吐いていた。ああ、なんということか。舌を噛んだのだ。再生術で王女を助けることはできるが、それをすれば神の血を継いだ者としての価値を失ってしまう。これでは呪いが成立しない。
 舌打ちをして、王女に再生術を使いながら熱術を再起動した。部下との約束は遠くなってしまうだろうが、王国を呪うためには手段を選んではいられない。事前の策を模索するべく、王女を乗せたままの気球を風に乗せた。

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