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『沼』『醜い』『アーチ』

「沼地は嫌いだ」
「好きなやつなんか居ないよ」

 高台の遺跡にかかるアーチ門の上、俺たちは沼を観察していた。そこは毒の沼地。瘴気ミアズマ漂う不快な泥濘の中の小島に、持ってくるように依頼された花が生えている事を突き止めた。非常に面倒だが、仕事は仕事だ。なにより、達成さえできれば経費を抜いても一ヶ月は遊んで暮らせる。

「問題は、どう達成するかということなんだが」
「ま、毒の沼地を歩いて渡るのは御免だね」

 あの沼地の水源は雨水で、窪地にあるために流出することもない。溜まった水は腐るのが世の摂理だ。そんなものに足を踏み入れれば破傷風になるだろう。
 破傷風の死に様は何度か見たことがある。ああいう死に方だけはしたくないものだ。

「……イカダで行くか」
「それしかないね」

 毒の沼地とはいっても、ヒトにとって毒というだけだ。沼地の周辺には立派な木が生えている。あれを伐採してイカダを作り、それに乗って行くのが最善だろう。
 高台から降りて沼地へ歩を進める。ため息が出た。この斧は肉断ち包丁であり、木を伐るためのものではないのだが。とはいえ、短剣と弓が得物の相棒に出来る仕事でもない。袈裟切りにしてやると、木は容易く折れた。ずん、と地を揺らした木を板材に加工していく。それを組み合わせてイカダにしていくのは相棒の仕事だ。
 可能な限り身軽にするため、装備一式は脱いでイカダを水面に浮かべる。毒の沼地の名に違わない緑色の水面が、イカダの進入で少し波打った。
 恐る恐るイカダに乗り込み、櫂を手にして底を突く。急拵えのイカダだが、十分に浮力は得られている。このあたりは手先が器用な相棒の面目躍如といったところか。

「行ってくる」

 こくりと頷いた相棒に頷き返し、沼の中央に向けてイカダを進めた。航行は問題なく成功し、中央の小島に乗り込む。懐から油紙に包んだ依頼の文を取り出し、依頼された花の特徴を確認する。白く気品のある6枚の花弁の花。気品というのは分からないが、見慣れない六枚花弁の花は小島のあちこちに咲き誇っていた。
 依頼者は婚約者に贈るために欲しているという。ならば、できるだけ形の良い物を丁寧に持っていくのがいいだろう。丁寧に花の群れをかき分け、最高の一輪を探す。これはというものを見つけたので、潰れないように鉄製の小箱にしまい込んだ。
 ふと思い立って、二輪目の花に手を伸ばす。いい加減、俺も態度を決めるべきだと思ったのだ。ふとしたきっかけで夜を共にしてから曖昧な態度を続けてきたが、そろそろ男らしくこちらから交際の申し込みをするべき時かと思うのだ。
 依頼の品より丁重な手つきで小箱に花を仕舞う。イカダを漕いで相棒の元へ戻り、小箱を手渡した。

「お帰り。これは?」
「結婚を申し込みたい」

 長い耳が揺れ、彼女の瞳が不思議な色を帯びる。一体どういう感情なのかと様子を伺っていると、彼女の口の端が少し持ち上がった。あれは悪口雑言を叩く時の仕草だ。これは断られる、醜い人間風情がエルフに交際を申し込むなど身の程知らずだと言われる。そんな恐怖がやってきた。

「ふゥん? いつまでも何も言って来ないからそういう事は考えてないのかと思ってたけど」
「曖昧な態度を取り続けたのは申し訳ないと思っている」
「それが、どんなきっかけか知らないけど覚悟を決めたと」
「駄目だろうか」

 女々しい心がそんな事を言わせてしまう。ああ、畜生。ダメだと分かってみると、俺は俺が自覚していたよりも相棒に好意を抱いていたらしいことがわかってしまう。
 俯いた俺の顔が、彼女の手で持ち上げられる。何かと思って瞳を見つめると、花が咲くような笑みとともに唇を押し付けられた。

「告白が遅いしシチュエーションが悪い。ヤってから2年も経って言い出す事じゃないね」
「俺でいいのか?」

 彼女は俺の目の前で少しだけ頷き、互いの額がぶつかった。

「相手がいないのは私も同じだよ」
「ああ、じゃあ、なんだ……手でも握るか?」
「浮かれ過ぎだね。そういうことは街に帰ってからだよ」

 だが、そういうことをしたい気持ちは彼女にもあるらしい。思わず緩んだ口元を手で覆うと、彼女は強引に手をどかしてから唇を降らせてきた。
 結局、俺たちは遺跡で一夜を過ごしたのだった。

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