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address 他拠点暮らし という選択

それは自然な流れでやってきた。気付いたら、もう既にしていた気がする。

昔から一つに選べなかったし、そもそも選ぼうともしていないし、飽き性故にそして何でも経験してみたい感じてみたい民のため、必然な流れであったように思う。

今の世界の流れで場所を選ばず働くスタイル、リモートで働くという形が主流になってきている今、動きたいうずうずを抱えて、生きている人も多いのではないだろうか。私もそんな1人だった。こんな時代であるし、フットワーク軽く、どこへでもいけるのであろうか。。

自然が大好きなので、“自然がある場所で暮らしたい欲”はとてつもなくあった。(実際、海の近くに住んでいたので既に暮らしていたのだが笑)これから先も自然溢れる場所で、地域と繋がっていきたいと思っていた。でも、いざ「地方に住んでみたい」と思っていてもなかなかハードルが高く、地方創生がどうたらとかのサイトを読み漁ったり、地方移住のホームページを手当たり次第眺めていたが、どれもいいんじゃないかというふわっと感とどうにもこうにも行ってみないと分からんというわけで、、、できることからやってみようという結論に至った。


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暮らし方の選択肢のひとつとして、addressというサービスを使ってみた。

結果から先にいうと、私はやってみてよかったと思う。

(そもそもaddressとは。)

今現在、100拠点稼働しています。その中で、私が訪れたのは35箇所ぐらいになるのかな?


もともと旅は好きだった。でも、旅が好きなのではなく、そこで生まれていく化学反応を求めていた。化学反応は人なくしては起きないもの。

目的は 旅行ではなく、観光でもなく、“人“。

そう。人が最終的に求めるものは繋がりであり、あたたかさなのである。

他拠点とは、人との豊かな繋がりをつくるプラットフォームなのである。改めてそう感じている。


人と人が交わる交差点場所がどこの地域にもある。そこで生まれる新しい出会い。人と人が織りなす化学変化。あたたかい空間にはあたたかい人があつまるのだ。そこに無限の可能性を感じる。


このサービスを通じて普段繋がることのできない人たちと繋がることができたし、何より暮らしについて、家のあり方について、地域について、関係人口について、空き家問題についてより深く深く考えるようになった。とてもありがたいことだ。だからこそ、ただのサービスとしてひとくくりにはしたくない。

なにがいいもわるいも経験してみないことには何も生まれない。

半年強続けた個人的な感想をいうのであれば、居住における刺激とライフとワークのバランスについて語りたい。

みんな何かしらの想いを持って、交流したいという人が集まる。当たり前だけれどもいろんな人がいるので、とてつもなく楽しいし、どういう化学反応が起きるのかワクワクする。(最初は特にワーケーションハイになる笑)その反面、それが毎日よくもわるくも刺激として居住という点で、作用し続けるということ。いろんな場所に行けるうれしさやどんな人に会えるのかという喜びと共に、新しい場所で新しい人と出会い続けるという点において自分の中で受け入れられる許容量があるらしい。やってみて感じた。それが生活に組み込まれるわけだから、当たり前なのだけれど。

本来、家とは安心できる場であるし、休まる場でもある。

だからこそ、他拠点をする上で大事になってくることがそのバランス感を個人の気持ちの良い塩梅で加減することが肝であると思う。他拠点とはいえど暮らしなのである。

かっ飛ばして他拠点生活をしてきたのだけれども、最近はその刺激とのバランスを見ながら暮らしている。平坦な毎日は飽き飽きするけど、刺激過多も辛くなる。人によって感じ方は様々だし、使い方もいろいろ。自分に合ったスタイルがそれぞれ確立されるといいなと思う。何より暮らし方の選択肢が増えていることが喜びであるのだけれど。

もうサービスをやめてしまった仲間もいるが、みんな今も生き生きしているし、ご縁は今も繋がっている。ただのお安い居住空間の提供ではなく、お金では買えない“人との繋がり”に価値を見出したい人には是非ともお勧めしたい。最近だとかなり大型なサービスになりつつあるので、課題はたくさんあるだろうと感じるし、暮らし方としても万人受けするわけではないので苦手な人はいるだろうと思うけれど、1つの暮らしのあり方としてもこれからの時代の生き方としてもとても可能性を感じる。いざ「地方に住んでみたい」と思っていてもなかなかハードルが高いと感じる人への入り口にもなると思う。


あえて本音ベースで語ってみましたが、キラキラしたよく見える面とわずらわしさの表裏一体さも含めても、わたしはこれからも人と人とが交差するあたたかい場所で暮らしたいと思っている。

今回のコロナを機に人のぬくもりの尊さを痛感した。

どうやってもわたしたちはひとりで生きていくようにプログラミングされていない。人との関わりなしには生きられない。

働き方が変わりゆくなかで、自分で自由に暮らしを選択することができる時代がもうそこまできている。もう既にきているのだけれど。これからは定住だけが全てではない。こうでなければという枠組みもなければ、型もない。

自分がどう暮らしたいのか如何様にも選択できる。

わたしは他拠点を選択したことで、ただいまとおかえりが言える場所が増えたことが何よりも財産になった。帰ってきたいと思える場所があることは本当に幸せなことだ。とはいえ、今もなお自分の居場所はどこなのだろうかとも思う。それには正解もないし、答えもない。今はまだわからない。それでいい。

これからも心が赴くままに、自分が気持ちよく過ごせるあたたかい場所を求めて。

これからも旅は続く。。。

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akie
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現在、多拠点居住を送りながら、主にアート活動を行うパラレルワーカー。
多拠点居住から地域と人が交わるあたたかい場所に可能性と魅力を感じる。
自然とコーヒーと日本酒と餃子とあったかい人が大好物。
好きなものは左右非対称。余白。伝統工芸や下駄、割烹着を愛でる。

鬱病や過食症やHSPなどを乗り越え、今も共存しながら自然療法を実践。元自然保育の保育士。生き方は常に川の流れのように逆らわずゆるゆると。風の流れのようにそよそよと。基本ゆるいが好きなことに対する情熱、フットワークの軽さはピカイチ。情に熱く案外涙もろい。
普通や常識、枠などの概念に違和感を覚え、働くことや生きることに真剣に向き合う中で、自分が自分らしくいられるあり方や世界を模索し、今に至る。

”常に変化していく自分を気張らず等身大で生きる。どんな枠にもはまらないsomethingな生き方をする人です”

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