読書の秋2020
印象に残った文はこちら
①読みたいことを書けばいい。
②誰が読んでくれるか。誰も読まない。なぜか。あなたは宇多田ヒカルではないから。
そりゃそうだ、と思わず笑いそうになった
脱サラして専業主婦をしているというどこにでもいる経歴の私が書いた文章を誰が読むというのか
その通りなのに、どこかでそれはわかってたはずなのに、いざ書こうとしたらあれこれ考えて結局誰にも読まれない文を悩みながら書いていた自分がおかしかった
書くことは自分のため、という言葉も印象的だ
そうか、自分のためなんだ
感動したことを忘れないため、考え方を整理するため、自分の中の気持ちを表現するため
私はサラリーマン時代、仕事をしている時にこの野郎ぶっ飛ばしてやると人に対して思うことが毎分の単位で起こっていたが、実際に人を殴ったことはない
それはいけないことだとわかっていたから
でも怒りはおさまらない
ではどうしていたか?
書いたのだ
ノートにひたすら、あの野郎、許さない、ぶっ飛ばしてやる、今にみてろ、と
そして書いていくうちに冷静になる
疲れてくる
何度も何度も繰り返して負の言葉を書いているとだんだんもういいやという気になる
でも次の日にはまた同じ気持ちになりまた書くのだが
そうして私は紙の上で何人もの人を殴ってきた
それは紛れもなく自分のために書いていた
書くというのはそういうことなのかもしれない
自分のために書く、これはお笑いや漫画家もそうだ、と気付いた
私はさらば青春の光とシソンヌがめちゃくちゃすきだ
彼らはネタを書く
そのネタは、ターゲットを想定しているものだろうか
誰かに見られることを前提としたものだろうか
いや違う
自分たちが面白いと思ったことをひたすら突き詰めている
だから私はさらばが作り出すコントがすきだし、シソンヌが作り出す世界観がすきだ
漫画もそうだ
尾田栄一郎さんは海賊がすきだった、だからそれを漫画にしたかった、自分が読みたかったのだろう
作者は誰よりも、作品のファンなのだ
どれだけ考えて書いても、伝えたいことがあっても、読み手のことを考えても、一人一人おもしろいと思う価値観は違う
結局人は読みたいものを読むし作りたいものを作るし書きたいものを書く
物事の本質はいつだってシンプルで
すきだから
ただそれだけなんだ
そんなことを考えさせてくれる本でした
ありがとう
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