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決められたリズム
吉田拓郎派か、井上陽水派か、と聞かれれば、どちらかと言えば、拓郎派と、答える。
私が若いころ、そういう話が、よく出た。ふたりとも、一時代の音楽シーンを引張ったレジェンドである。
思春期に、軟弱だった私は、拓郎のメッセージ性のある歌に、惹かれた。
かと言って、陽水が嫌いだったわけではない。
陽水とは、同県人であるから、彼がまだアンドレ・カンドレとして、地元のラジオに出ていた頃から知っている。
「氷の世界」がアルバムとして出たときには、新聞配達をしてためたお金を机の上に並べて、買おうかどうか、しばし迷った。その挙げ句、買ったのは、彼の井上陽水としての処女作「断絶」の方だった。
それからも拓郎は、人に軟弱だと思われたくない私をいつも力強く引っ張ってくれたが、その一方で、どんどん中央でセンスある都会風を装ってヒット曲を飛ばし、人気ミュージシャンになっていく陽水を、一種の妬ましさのような感情で見ていた気がする。
映画をよく観る。
印象に強く残るのは、洋画が多いが、邦画の中にもいつまでも感動が続く作品が、ある。
その一つが、山田洋次監督作品「たそがれ清兵衛」である。
言わずもがな、日本を代表する監督だが、私は山田作品のほとんどを、観ている。
一貫して、市井にある庶民の普通の暮らしを丹念に掘り下げて、日常の貴重さを浮き彫りにしてきた、その作風が、地方の労働者階級の出自である私には、解りやすかったのかもしれない。
「たそがれ清兵衛」は地方の下級武士の生活と、生き方を通して、そこにある人間としての価値を問う作品でもある。
そこに、家族がいて、友がいて、恋もあり、愛する人がいて、当時の社会状況や、武士としてのプライドもあるが、私が一番感動したのは刹那刹那に感謝して、迷うことなく淡々として信念をもって毎日を生きていく、人の美しさである。
時代劇であるからこそ、なお一層ストレートにその思いが伝わってきた。
その映画のエンドロール。
流れてくるのが、井上陽水の「決められたリズム」である。
起こされたこと 着せられたこと 凍えつく冬の白いシャツ
せかされたこと つまずいたこと 決められた朝の長い道
ふざけ合うたび 怒られたこと 静けさを区切る窓の中
配られた紙 試されたこと 繰り返し響くベルの音
声をそろえて ピアノに合わせ 大空に歌声 決められたリズム
笑われたこと 立たされたこと 残されて ひとりガラス窓
許されたこと ほめられたこと うつむいて歩く帰り道
驚いたこと ときめいたこと 渡された白いラブレター
愛されたこと 選ばれたこと 初めての夢のプレゼント
声をそろえて ピアノに合わせ 大空に歌声 決められたリズム
決められたリズム
陽水の人気曲「少年時代」と同じように、いや、それ以上にこの曲は、ふるさとを捨て、故郷喪失者となった私のノスタルジアを激しく揺さぶる。
そして・・・
刹那刹那に感謝し、毎日を懸命に生きていくことの尊さを、ようやく今になって分かりかけてきた、自分にも気付かしてくれる。
人生はそんなに悪いもんでもない。