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アンチエイジング

「重力には逆らえませんね」

別に宇宙飛行士が言ったわけではない。

女友だちの美宇さんが会話の中で思わずそう言ったのだった。美宇さんはアラヒィフの麗しき女性だ。運動好きな彼女は年の割に、うん、いや、スタイルもよくて、いつも若々しい。重力うんぬんはよく言われることだけど、美宇さんが言うと、実感がこもっている。

「女の人もそうなんだ。歳を取ると、男はみじめなもんだけど」

「長く生きてると、そりゃあ、重力に引っ張られて、顔の皮膚もたるんでくるし」

「美宇さんはまだそんなことないよ。顔だって、ぱんぱんだし・・・」

と如才なく言いかけて、いや、肌に張りがあるということをぱんぱんではと、言葉をのみこんだ。

「近頃何かからだにいいこと、やってる?」

話は自然と、アンチエイジングの話になった。

「いつも若々しくいたいじゃない」

そう言って笑う美宇さんの目尻には、シジュウカラの足跡ぐらいのものが刻まれているが、それが可愛いんだよと言っても、勿論、彼女は納得しないだろう。

いつまでも若々しくありたいのは、やまやまだが、残念なお知らせがある。

何気なく見ていたテレビの医療バラエティ番組でお医者さんが言ってた。

歳を重ねれば、細胞レベルで衰えていくのだそうだ。

細胞レベルだよ!無理だろ、鼻から勝負にならん!

アンチエイジングへの数々の行いが全て無に帰すような、腰から砕けるような、そんなことを健康も、美をもストイックに追求する美宇さんには、とても言えない。

テレビの中のお医者さんは、それでも申し訳程度にこう言って慰める。

そう、若々しくありたいのなら、昔ながらの和式の生活がいいんだ、と。美容液やサプリメントよりそのほうがずっと、アンチエイジングの趣旨にのっとっている。

どういうこと?

つまりは、昔ながらの和風の生活は、決して楽で便利なものではないけれど、立ったり座ったり、よく体を動かす。細胞だって活性化されるに違いない。

畳や襖や障子や卓袱台のような、今では昭和レトロの展示会でしか、見かけないものの中で、毎日生活していれば、体をこまめに動かさざるを得ないのだ。

しかもそれが結構理に叶っている。

それが昔ながらの茶道や華道の立ち振る舞いの中にも、表れている。

聞いた話だが、茶道の動作の中に、畳のヘリに沿って真っ直ぐ歩くものが、あるらしい。取りも直さず、そうすることで、体幹が自然と鍛えられるらしい。

もっと突き詰めれば、今は当たり前になった靴生活。確かに安心感はあるが、あしゆびが縮こまって、大地をしっかりと踏みしめている感覚が少ない。それに比べて雪駄や下駄は、あしゆびを開いて地面を掴むようにしなければ歩けない。

長い目でみれば、どちらが真の健康にいいかはわかるだろう。

こんなことを言ったら、早くに靴を愛用していたと言われる坂本龍馬もびっくりである。

そんなこんなを、美宇さんにどうして説明したらいいだろう、と思案していたら、思いがけず、私はこんな言葉を口にしていた。

「究極、老いや死を考えて毎日生活するより、それを生への感謝に置き換えて毎日を生きたほうが、よっぽどアンチエイジングになるのでは・・・」

美宇さんの表情が固まった。真剣な目をしている。気分を害したのか?

「〇〇さんって、時折、不意を突いて、まともないいこと言うよね。ほとんど直感みたいだけど・・・」

そう言って極上の笑顔を見せてくれた。目尻のものがムクドリの足跡ぐらいになっている。

不老不死の追求はもう何千年の昔から繰り返されてきた。これからの科学の発展次第では、もっと進歩するかもしれない。だが、それも人生の途上で、刹那刹那を懸命に生きる美しさにはかなわない。そんなこと皆薄々感じている。

あれ、また、直感で考えてるな、と思いながら、美宇さんを見ると、彼女はもう手鏡を覗き込んで、何やら思案顔だ。




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