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「自我」を消すという矛盾。
自我が出ると、感情的になる、怒りを生じる。悲しい気持ちになる気がする。
日々、淡々と物事を観察できれば良いが、それができなくなるのは、とても苦しいしもったいない。
「私自我を消せます!」
数年前それを豪語する人が居た。
自称高次元の霊能者
やり方はいかにもという感じ…
過去の出来事を聞き出し
でかい声でセッションして過去のトラウマを忘れさせるという類。
例えたら、昔いた織田無道みたいな感じ…
今思えばとても滑稽^ ^
ある意味ショック療法。その人のセッションで、その瞬間は自我に気づくことができる。でもあまりにも、
「私がやってやった感が強烈」
本人が自我の塊であり、劣等感も強である為にそのエネルギーに触れた人は。依存を生む。
ある意味いつまでも離れられない。
しばらくの間はすっきりとした感覚があるが、間も無く元に戻るし不安感が溢れ出す。→また、頼る。
それは、薬物依存に近いし、難儀なのは、本人それに気づかないこと。
「自我を消す」それこそが自我^ ^
考えたらわかること。
自我は「個性」であって当たり前。
一人ひとりの個性が、オリジナルとなり、豊かで、面白い世の中を創造する。
苦しいのはマボロシであり虚像。
そもそも、本来自分自身でさえ、「無い」のだから。
否定すれば、逃げれば、その思いは付き纏ってくる。
自我はある意味とても魅力的な個性であり、長所。
一人一人にあるのが当たり前。
それを肯定すれば、認め続ければ、楽になるし。希望がひろがる。
もっともっと明るい未来が開けてくる。
これからの時代はどんどん個人の趣味嗜好は細分化される。
個性を磨けば、発展させていけば、それに呼応する方たちの応援があつまる。
その力が、自分自身の足元を押し上げていく。
そして、周りの方たちを引き連れて、次元を上昇させる。
「私、普通じゃないのでは?」
そんな疑問が出たら、まずはこれを疑ってみて!
「貴方の普通とは?」
自分は普通じゃないと認識できたとき、それが心地良いと感じるようになれば、次元を超越した、拡大、拡張は始まる。
それは、「覚醒」した
本来の「あなた」なのだから。