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珈琲の木 ~小さな母と3人の子供~ #1

今日、僕の中で大きな節目を迎えた。
この瞬間、目に見えるもの、聴こえる音、話す言葉、全てが今までにない初めての感覚である。

週に二、三回は通っている新宿の喫茶店で、グラスに水滴を纏うアイスコーヒーと向き合い、空気中の水分が温度の低下により液体に変わる現象をじっと見ている。背景には、喫茶店の象徴とも言えるような赤いソファと小汚いテーブル、ガラス細工で施された髪の長い女性と高貴な紳士が手を触れ合う絵が描かれた天井があり、そのレトロな雰囲気がより一層にグラスの表面に滴り落ちる水滴を特別なものにさせている。自然の怖さと美しさを訴えるかのような不可思議なアイスコーヒーの顔色を今日も伺っている。
ここに通って5年は経つだろう。いつものように程よく人が並ぶ入り口で「お客様は何名様でしょうか?」と店員に言われる前に右手の人差し指を力なく立てて列に並ぶ。平均して5分しないうちに席に案内され、煙草に火をつけ一吸いした後に、声の通らない低い声で店員にアイスコーヒーを注文する。どんなに疲れていても、どんなに楽しい事が待ち受けていようとも無意識のうちに注文し、いつの間にか目の前に仄かな挽きたての香りを漂わせたアイスコーヒーが待っている。
ただ、それはいつも表情を変える。一度だって同じ顔を見せたことはなく、悲しい表情を見せる時もあれば音を奏でるかのように滴を弾ませる表情もする。

時間が経ちこころなしか少し結露は少なく表情が読み取り辛くなった。そんな時もあるかと何事もなかったかのように、いつものように書籍を手に取りしおり紐の位置を確認し、前回までの記憶を思い返し本の世界に入り込む。村上春樹が描く”1Q84 Book3”の主人公天吾が病院で横たわる父に朗読をしている情景に一瞬で頭の中が切り替わる。気づいたら僕は本を朗読する天吾のいる居室にいて、病院のベットで寝そべる彼の父の横に座って呆然と見ているのだった。

「父親か」
現実なのか本の世界なのかもわからない頭の中で、”父親”という言葉から想像される情景は、ハッキリと見えるものではなく感じるものに近かった。自身の幼き頃の記憶と本の世界が頭の奥の奥でぐるぐると回り始め、目の前のアイスコーヒーはまるで嘲笑うかのように僕を見ていた。

記憶の中にある秘密 #2

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