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孤独の先にあるもの(1/2) #5

孤独とは何か。
閉ざされた空間の中で一人蹲(うずくま)り”無”を感じる事だろうか。世に存在する種類や性質の何にも属さない”異分子”であると外界から発せられる忠告なのか。自分が透明になるかのように、それは物理的に感じ、時には心理的に感じ”自分の意味”を問いただされる。

小学校には”親”というものが大々的に公表されるイベントが存在する。無情にも単発的なものではなく複数に渡り開催される。

「運動会」もまた、その一つである。
約二、三ヶ月に渡り全体行進や徒競走、綱引き、玉入れなど、赤青黄色の多彩な色で集団が形成されクラス対抗◯◯という競い合いが始まる。生徒は一心不乱に練習に取り組みその日のためにその日に駆けつける”誰か”のために練習する。幼いながらも明確な目的を持ち壮大な舞台へと皆が一丸となって取り組む。

小学校1年生であった僕もその一人であった。
「お母ちゃん、こんどのうんどう会でぼくはおうえんかを歌うんだ。がっきゅういいんちょうのワタナベくんがごうれいをかけたら、クラスのみんなで”フレーフレー赤ぐみ”ってさけぶんだよ。」
僕は母に話した。
「あとね、今日、オクヤマ先生がお母ちゃんにパン食いきょうそうがあるから言っておくように、っていってたんだ。でも、ぼくは足がおそいからビリになっちゃうかも。」
放課後のクラス会で先生が言っていたことを漏らさず伝えられるよう、クラス日誌を見ながら母に伝えた。クラス日誌に記載してある事は母に見えないよう、奥山先生の言葉をあたかも自分が記憶をし伝えているのだと背筋を伸ばし頬を赤くして話した。
「そっか、又郎はすごいね。先生の言ったことをしっかり伝えてくれてありがとう。又郎隊長お疲れ様です。運動会楽しみにしてるね」
母は僕が兄によくやっていた仮面ライダーのワンシーンを真似して、右手の肘を30度ほど曲げて敬礼した。そして、母はお決まりのニカッとした白い歯を露わにした。
勿論、当時の家にはテレビなんて代物はなかったため、”敬礼”は学校で同級生が仮面ライダーごっこをやっているのを観察し、僕がボロ屋に”輸入”した産物であった。

運動会の前日の夜、母はすり減ったヨロヨロの業務服を身にまといボロ屋に帰ってきた。姉は小学四年生、兄は小学二年生であったため、同じ小学校に通う子供達にとって”運動会”は子供達共通の話題であった。
「おかえりー!」
食欲をあらわにした子供達は、いつも以上に声を張り上げぴょんぴょんと跳ね、床を軋ませながら我が家の大黒柱をお出迎えした。

「ただいま」

母は心なしかいつもと違うトーンで返した。まるで違う言語かのように、もしくは違う意味を意図する言葉かのようにその”音声”は発せられた。そして、いつもの”ニカっ”がなぜか今日は出てこなかった。

最高級のレストランへの招待状 #4
孤独の先にあるもの(誰もいない運動会2/2)

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