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小さなボロ屋と赤い花 #7

通学路はいつの間にか末枯野(うらがれの)美しさが澄み渡っていた。並木道の木々達が衣を脱ぎ細々とした腕を伸ばしている。目を閉じると風を掴む事ができ、耳を澄ませばその音が聞こえる。

10月の運動会が終わり、我が家はより一層に賑やかになっていた。ボロ屋からは無邪気な子供の笑い声とそれをかき消すような母の笑い声が鳴り響いている。

「こら、そうやって遊ばないの」
母は注意の言葉を発していたが、隠しきれない楽しみの表情が滲み出ていた。僕は真っ赤なカーネーションの花びらを両目に被せ満面の笑みを浮かべて小さな部屋で兄を追いかけている。
「カーネーションマン」
執拗にその言葉を連呼し、喧(やかま)しさと可笑しさを混合させながら兄は一つ歳下の弟を見て、くすくすと笑いながら逃げていた。

11月が過ぎてから母は新たな仕事を始めていた。それはコンビニのパートでもトイレ清掃でもなく、”我が家”でできるカーネーションの造花の内職であった。朝は新聞配達、昼は引越し、帰宅するとご飯を作り食器を洗う。その後にラジオが置いてある小さなスペースに座り、赤い花びらが入る袋をどさっと置く。小慣れた手つきで新聞紙を床に敷き、緑の光沢を放つ葉と茶色の茎を綺麗に並べる。最後に「よしっ」という掛声と共に、パーツを取り“曲げる、通す、止める”をひたすらに繰り返す。子供達は宿題や色ぬりなど各々の作業をしながら、母の”新たなるルーティーン”を横目で見ていた。

「それでは諸君、いまから秘伝の花作りを教えてあげます」
好奇心を抑えきれなかったのだろう。子供達は母に”それが何か”を問わずはいられなかった。新たなルーティンが来てから3日ほどが経ち、母の前にはいつしか正座をして溢れんばかりの好奇心を目に浮かばせた三人の部下達がいた。その小さな作業場は領域を広げていた。
「まずこうして茎の先端を少し曲げるの、そしたら花びらを通して接着剤で止めるのよ。」
「おー」
花びらと葉と茎のワイヤーが母の手により一つの形になる光景に、子供達は無垢な感銘を浴びせていた。
「その次は葉をつけていくの、ほらね」
「おー」
子供達は前のめりになり、1回目よりも低めの音程で声を漏らした。
「こんなもんじゃないわよ、もっと早いんだから」
茎の先端を少し曲げ花びらを一枚づつその茎に通す。ねっとり湿った黄茶色の接着液を定位置につけ固定し、乾かないうちに緑の不自然な光沢を放つ葉をつける。その一つ一つに命を吹き込むように。
「おー」
子供達は1回目よりも2回目よりも遥かに抑揚のある高い音程で小さな喉から大きな声をあげた。

人から褒められる事は誰もが心地よさを感じる。その感嘆が透き通る濁りのない所から出た時、それはより一層に純粋な響きを与える。子供達は流れるような母の”お披露目”に無意識のうちにその言葉を発していた。

難しく長い言葉はいらない。例えそれが簡易な言葉であっても”心から感じた事”を何も考えずありのままに自然に発することができるならそれでいい。

三つの仕事を掛け持つ母はどれだけ大変だったろうか。地を叩きつける無情な雨の日も、疲れ果てた冷たい風が心を打つように吹きあれる日も母は働き続けた。
子供達のまっすぐな視線に、母は満面の笑みを浮かべていた。小さなボロ屋には端正な草姿をした愛に満ちた赤い花と独特の香りが漂っていた。

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