やさしい夜に、君と
ここに引っ張って来れるSSのラスト、春田が上海に旅立つ少し前の話。投稿日は2018年8月24日になっています。ドラマの残照が色濃く残り、一番連ドラらしい内容です。ただ、ひたすら牧の幸せしか考えていません。恐らく劇場版に求めるものがこんな感じの人には、劇場版に不満があるのかもしれません。自分ももちろんこういう日常の断片は大好きですが、この日常があるからこそ劇場版が輝きを放つので、とても穏やかに振り返っております。読み返すと武川さんのお相手、高村(『Revival』『青い空と、甘く薫る珈琲』より)にも触れています。長い伏線です笑。この時から牧はちずと大の仲良しになっているので、やっぱり徳尾さんとは遠い星の下で生まれた、歳の離れた姉弟なんじゃないかと思っています。武川さんの立ち位置はいつも変わらないのですが、重要なキーパーソンであり、美味しい所を持って行っています。※全年齢対象です。
上海に発つ春田さんのために、わんだほうで送別会をやることになった。発起人は武川さん、幹事は俺がやることになっている。
そして送別会当日。
「えーそれではみなさん揃ったところで、春田さんから一言お願いします」
「今日は俺のためにみなさんお集まり頂きましてありがとうございまあぁぁぁぁす!今日は俺の送別会ですが、なんと俺のおごりでーす!」
「おいおい~大丈夫かぁ?春田」
「なんでお前が払うんだよ」
「よっ!そーいち!」
「ごちになりまーす!」
「ありがとうございまーす!」
「ちょ、春田さん、なに勝手に決めてんですかー!」
「まぁまぁ、牧。春田の好きにやらせとけ」
「はぁ…」
(ったく、集めた会費どうすんだよ。あとで部長に相談しよう)
春田さんが上海に発つのは3日後。まだろくに準備も出来ていないけれど、今日くらいは楽しく過ごしたい。
「最初はみなさんビールで乾杯ですよね~?」
ヘルプとして厨房に入っているちずさんがみんなに声をかける。
「あ、ちーちゃん、俺、カルーア!」
「なんだぁ~?マロ、お子チャマかぁ~?」
「俺、一番年下なんで」
「はい、それ以上はパワハラ」
いつものやりとりが始まって、和やかな空気が漂う。
「あ、ちずさん、俺も手伝いますよ」
カウンター越しにビール瓶を何本か受け取る。
「ありがとうーごめんね~牧くん。ホント気が利くよね。正直助かるぅ。ね、春田はもうすぐ上海に発つんでしょ?ふたりの時間は取れてるの?」
「仕事の引き継ぎとかで、春田さんも俺も忙しくてなかなか」
「そっかぁ。物理的な距離の隔たりは精神的ダメージにも影響するからさ、ちょっと心配だよね。私は全っ力でふたりのこと応援してるから!」
「ありがとうございます」
ちずさんの気持ちに嘘はないのがわかる。彼女の思いやりに自然と笑みが零れた。
確かに不安がないわけではない。ひとりになるとどうしても考え込んでしまって、余計に仕事を詰め込んでしまっている。だから今日のようにみんなで楽しく酒が飲める機会があるのは悪くない。
「カンパーイ!!」
さあ、楽しい宴の始まりだ。
◇ ◇ ◇
「肉巻きドリアンいっちょあがりー!」
「えぇぇぇ鉄平兄、そんなの頼んでない!」
「そう言わずに試してみろよー!」
「そうですよ、春田さ~ん、なんてったって今日は主役なんですから。案外、アリよりのアリかもしれないじゃないですかぁ~」
「んなわけねーつーの!」
「春田ー!何事も経験だ!食べてみろー!」
「ちょ、武川さん酔ってるでしょ?!目が座ってるよー!」
「あははははは!」
みんな随分と出来上がっている。飲み会はすでに二次会へと突入し、今残っているのは春田さん、武川さん、マロ、舞香さんと俺だけだ。
空いた皿を下げてカウンターへ向かうとちずさんに声を掛けられた。
「みんなご機嫌だねー」
「そうですね。今日は武川さんの説教癖が出てないし、なんか妙に楽しそうですよね」
「それがねー武川さん、最近、昔の知り合いといい感じなんだって」
「え?!そうなんですか?」
「うん。なんか偶然、うちの店で飲んでた時にばったり再会したらしくて、それからちょくちょく一緒に飲みに来てる。なんかさぁ~いかにも大人!って感じで、静かにふたりで飲んでるんだけど、いい雰囲気なんだよね~」
「へぇ…」
(そうか。政宗にもそんな人が居るのなら良かった。今度それとなく話を聞いてみよう)
「ね!牧くん、みんなでさぁ王様ゲームやらない?クジは私が用意してあげる」
「え、あ、はい。楽しそうですね」
ということで飲み会のレクリエーションとしてはド定番な、それでもこのメンバーではなかなかデンジャラスな王様ゲームをやることになった。
ルールはクジを引いて王様を決める。王様を引いた人が〇番に何かをやらせるとか、〇番と△番とで何かをやらせるとか、どちらかというと罰ゲーム的な要素が強い。
「はい!それじゃあこれから王様ゲームやりまーす!みなさんそれぞれにクジを引いて下さーい」
「王様ゲームfuuuuuuuuuu!」
「あら?私が王様になったら何をおねだりしちゃおうかしら♪」
「舞香さーん、おねだりゲームじゃないですよ~」
ちずさんが用意した割り箸のクジをそれぞれ引いていく。
「王様だーれだ?」
「お?!俺だよー!」
最初は鉄平さんが王様らしい。
「じゃーあ、1番の人、3回回ってワン!お願いします」
「おいおい~俺にそんなことやらすのかよ~」
「えー?!武川さん~?!」
店内にどよめきが混ざった歓声が上がる。みんな気の毒がっているというより面白がっている。王様ゲームの楽しさと恐ろしさは意外な人が意外なことをやらされるリスクがあることだ。
「よーし!やるなら本気でやるぞ!」
「よっ!たけかわー!」
「武川さんはワンじゃなくてコーンじゃないっスかー?」
「おい、マロ!誰がそんなこと言ったんだよ!」
「あははははは!」
武川さんは少しよろめきながらもくるくると3回回ると「ワン!」と全力で叫んだ。みんなゲラゲラと笑っている。
(政宗…マジかよ。意外な一面を見た…)
「はーい、クジ回収でーす。2周目行きまーす」
「王様だーれだ?」
「おー!俺だー!」
マロが叫ぶ。
「じゃーあ、2番が5番に肉巻きドリアンをアーンして下さい」
「はーい!2番は私でーす!」
「えぇぇぇ~俺かよぉ~~~」
どうやら舞香さんが2番で、鉄平さんが5番らしい。
「っていうかー鉄平兄、自分で作っておいてなんだよ、そのリアクション」
「俺、いろいろ作っては見るけど一度も食ったことないんだよ~。どうしよう、春田ぁ~」
「ひゃひゃひゃひゃなんだよそりゃ、ひでぇなぁ~」
「はい、あーん」
「いやいやいや!ちょっと待ってマイマイ!」
「あははははは!」
「はーいクジ回収しまーす。そろそろ時間も時間なんで、これで終わりにしますねー」
ちずさんの声に時計を見るともうを零時を回っていた。明日も仕事があるのにみんな大丈夫かよ。
「王様だーれだ!」
「俺だな」
一際低い声が響いた。武川さんが王様らしい。
「ん~そうだなぁ~じゃあ、6番と3番でキス」
(王様ゲームの王道、キスは避けて通れないとは思っていたけど…えっとー俺は、っと。え?6番?)
「はい…6番です」
おそるおそる手を挙げた。ここはもう誰が相手でも覚悟を決めるしかない。
「3番は誰かしら?ちなみに私じゃないわよ~あははははは!」
「残念っスー!俺でもないです!」
(おい、残念がるな)
「俺でもねーぞー」
……………
一瞬、店内が静まり返った。
(ということは?)
「はい!俺でぇーす!」
(えっ?春田さん?よりによって春田さん?恥かし過ぎる。一体どういうノリでキスすりゃいいんだよ)
職場公認とはいえ、恋人であり婚約者である相手と人前でキスをするというのは罰ゲーム以外の何物でもない。
「春田創一!牧とチューしまぁぁぁす!」
「いよっ創一!ラブラブfuuuuuuuuuu!」
「よーし!俺が許す!」
(ちょっ政宗!許すってなんだよ)
「キスしちゃいけない相手なんていないんじゃないかしら?ウフフフフフ!」
「牧くーん!がんばれ~!」
「ハッピーハッピーラァ~ブ♪」
(みんなどうかしてる…)
俺が頭を抱えていると春田さんに手を引かれた。カミングアウトの時もそうだったけど、この人の突飛な行動にはいつも面食らってしまう。
(もうこうなったら俺も酒の勢いでキスしたことにするしか…)
そう思い春田さんの顔を見た瞬間に息が詰まった。酒のせいか目が潤んでいて色気がダダ漏れだ。
(なに、そんな顔してんだよ!俺の前以外でそんな顔すんなよ!)
「キース!キース!キース!」
(ったくなんなんだよこの人たちは!もう、いいや。さっさと済ませよう)
そう思ってこちらから仕掛けようとした瞬間、唇を奪われていた。しかもガッチリとホールドされていて身動きが取れない。
(この筋肉バカ!いつ鍛えてんだよ!ちょっ…春田さん、ホントやばいって!)
振れるだけのキスではない。本格的なディープキスだ。角度を変えて何度も唇を愛撫される。ぷっくりとした肉厚な春田さんの唇は触れるだけでも恐ろしく気持ちがいい。
(ああ、気持ちがいい…何も考えられなくなる
……………
っちょっと待て?!今どこに居るんだっけ?ちょっちょっちょっ春田さん!みんなの前で何やってるんだよ!)
幹事で深酒をしていないのが幸いした。なけなしの理性をかき集めて春田さんをひっぺ返した。
「プハッ!はあはあはあ…」
肩で息をしてしまうほど夢中になってしまっていた。とんでもなく恥かしい。まともにみんなの顔が見られない。
「えっ、あ、えっとぉ~それじゃあ~これでお開きにしまーす!」
「よーし!これで解散!マロ、帰るぞ!」
「えっ?ちょちょ、武川さーんーそんなに引っ張らないで下さいよ~じゃーみなさんお先ッス!」
「それじゃあ、私もお先に~」
「じゃあな~!マイマイ~」
蜘蛛の子を散らすようにみんなそそくさと帰って行った。
(みんなに気を遣わせてしまった…帰ったら覚えてろよ)
「ほい、春田ぁ、これ請求書」
「……………」
ひとり背を向けて悶々としていると、春田さんにいきなり腕を掴まれた。
「まきまきまきまきまきぃー!どうしよう!」
「ちょっなんですか?!」
「金足りない…」
「なんで金ないのにおごるなんて言うんですかー?!」
「だってカッコつけてーじゃん!」
「ったくー!」
怒りで恥かしさがどこかに吹き飛んでしまった。
「うっぷ、いけね、さっきの肉ドリアン巻が今頃…」
「ぎゃー!鉄平兄ぃーやめろー!」
大騒ぎしているふたりに呆れていると、ちずさんに声を掛けられた。
「牧くん、ちょっと」
手招きをされてふたりから少し離れる。
「あのね、部長さんから伝言。今日の支払いは集めた会費で払いなさいって。それでも足らなかったら春田にツケとくから」
「部長…」
「それとね、王様ゲームなんだけど、あれは春田に頼まれたの」
「え?」
「3周目のクジは牧くん以外でみんなと打ち合わせをして、武川さんが王様になるようになってたんだ。それで春田と牧くんが偶然当たったようにしようって。でも、みんな武川さんが何を言うかは知らなかったんだけどね…。武川さん、いい人だね」
「………はい、俺が好きになった人ですから」
「牧くん…春田に愛されてるんだね」
「え?」
「だって愛されてるって人の顔してるよ?」
◇ ◇ ◇
清算を済ませてわんだほうを出た。結局、足りない分は鉄平さんとちずさんからの春田さんへの餞別ということで落ち着いた。
「ねねねねね!今日は楽しかった?」
酔っ払いのフリをして春田さんと肩を組みながら歩く。
「楽しかったですよ」
「そう?なんか壁に張り付いてひとり飲んでるから楽しくないのかと思った」
「そんなことないですよ」
(見てないようで良く見てるな…)
「じゃあさぁ、もっと楽しそうにしなよ、心配になんじゃん」
「心配してくれてたんですか?」
「そりゃぁ、恋人で婚約者だもん」
「ふふ、何言ってるんですか」
「だって本当のことじゃん」
一年前まではこんな風に歩けるなんて想像も出来なかった。頬に当たる夜風が気持ちふいい。
ちずさんと春田さんの悪口を言い合ったこの場所も、今は全く違った風景に見える。
「春田さん、ちょっといいですか?」
「ん?なに?」
春田さんの腕からすり抜けると、ちずさんと叫んだあの橋の上に立った。
「春田さんが好きだー!」
「へ?牧ぃー何言ってんの?」
春田さんが前のめりになって笑っている。
「ほら、春田さんもなんか言って!」
春田さんが橋の欄干に手を掛けて思いっきり息を吸い込んだ。
「牧がーいっぱい好きだーーー!!」
「あははははは!!」
お互いに笑いあう。笑い過ぎて涙が出たフリをして、こっそり目じりを拭う。幸せ過ぎて怖いくらいだ。3日後にはまた離れ離れになる。それでももう、この場所を通るたびに辛い気持ちになることはない。
これからはわんだほうに通うことが多くなりそうだ。