Revival
貴島Pがやりたかったという理由だけで作られた劇場版の夏祭りのシーン。誰もが想い描いたシーンだったと思います。自分もまた、二人がいつか浴衣を着て打ち上げ花火を見ることが出来たらと思っていました。感傷的なシーンには賛否ありますが、自分はとても好きなシーンです。このSSは感傷的なものが書きたくて去年の秋頃に書いたものです。『Revival』の歌詞を織り交ぜて、牧は現在から未来へ。武川さんは過去から現在へ。臆病で泣き虫な年相応の牧を描きたかった。一年間どんな気持ちで春田を待っていたのか…。武川さんは捏造した歳の近い旧友が出て来ます。大人の狡さや苦さを描きたかった。それぞれ対になっている作品。核になっているのは、牧と武川さんの間に流れる時間や温度の対比です(残照として話の続きの冒頭だけ読めます)。武川さんの旧友に名前がないと不便なので高村と名付けました。武川さんとは大学の頃の同級生という設定。※全年齢対象です。
――― Revival
【SIDE牧】
九月の終わり。
深夜ともなればさすがに昼間のような暑さは影を潜め、風に乗って秋がそこまで来ていた。
「じゃあ、おやすみなさい」
牧はわんだほうを後にするとひとり歩き始めた。寂しくなると時々、わんだほうに飲みに来る。ちずと鉄平と他愛ない話をして、春田に会いたい気持ちを酒で紛らわしていた。
ふいにスマホの着信音が鳴り、誰からか着信があった。画面を見ると『創一さん』とある。
「もしもし、創一さん?」
いつものおやすみコール。
愛おしい声。
風に乗ってどこからか香る金木犀の匂いが、遠い記憶を呼び覚ます。
それはかつて別れを告げた恋人の面影。
いつか春田ともそんな別れが来るのではないかと、離れていると膨らんで来る不安に押しつぶされ、いつになく感傷的になった。
会話が途切れたことを不審に思った春田が、心配そうに訊く。
『凌太?どうした?』
「いえ、なんでもありません」
牧は涙声になるのを必死に堪える。
「ちょっと風邪を引いたみたいです」
『凌太は嘘を吐くのが下手だな』
信号待ちの交差点。うつむいて信号が変わるのを待つ。
『凌太、ちょっと顔を上げてみ?』
「え?」
驚いて顔をあげて横断歩道の先を見やると、そこには春田が立っていた。
「嘘…」
『ホント』
「夢…?」
『帰って来た』
「どうして?」
『そんなの、凌太に会いたいからに決まってんじゃん』
牧の目から涙が溢れ出す。
視界がぼやけて煌めく車のヘッドライトが揺れて、点滅するネオンの明かりが花火のようだった。
「点滅するネオンがまるで、打ち上げ花火みたいです」
「今年は行けなかったけど、来年は一緒に行こうな」
そう言う愛しい恋人は、牧のすぐ手の届くところに居て、春田は牧の手を引くと強く抱きしめた。小さく震える背中が、誰よりも愛おしかった。
…残照…
昏い月と秋の太陽
夜中とはいえネオンが煌めく交差点の前で男同士が抱き合い、しかもひとりは泣いている光景に、通行人たちは何事かと遠巻きに過ぎて行く。
「創一さん、すみません。もう落ち着いたんで」
そう言って牧は春田の胸板を押して離れようとする。
二人きりの時は主導権を握り、終始強気の牧だが、いったん世間の目に晒されると途端に弱気になる。春田にはない、臆病で繊細な部分があった。
「え?俺はずっとこうしてたい」
「いや、そういうわけにもいかないでしょう?どんな羞恥プレイですか」
牧は恥かしさに顔が紅潮していたが、髪の影に隠れて春田からは見えなかった。
「なあ、もうひとりで泣くなよ?」
「もう、泣いてなんかいません」
小さな意地を張る年下の恋人が堪らなく可愛い。
「凌太かわいい」
もう何度か言われた“かわいい”という言葉。どっちがだよ、と心の中で小さく毒付く。
「さ、帰りましょ。少し持ちますよ」
牧はするりと春田の腕から抜け出すと、荷物を受け取ろうと手を伸ばした。
「じゃあ、手ぇ繋いで帰ろう?」
悪びれた様子もなくあっけらかんと春田が言う。
「だから!そういうの誰かに見られてなんとも思わないんですか?」
「思わない」
反射的に聞いた自分がバカだと思ったが、予想以上にストレートな答えが返って来た。そこには微塵の迷いもなかった。
「だって、凌太と一緒に居る時間が少ないからもったいねーもん。いつも触ってたいし、キレイな顔見てたいし、ずっと話してたいし、会うたびにかわいいなあって思うし、いっぱい好きだなあって思うし…」
「あー!わかりました!何ですかその、愛情表現のバリアフリー。あとで覚えてろよ!俺がどれだけ創一さんのことが好きかわからせますから!」
「ひゃひゃひゃ、凌太こえー」
「あはは」
自然と笑顔になる。春田のそんな何気ないやさしさにいつも救われる。この人はいつもこんなにもたくさんの愛をくれる。自分が何度も何度も不安や寂しさに押し潰されそうになっても、そのたびにそれ以上の愛で包んでくれる。
春田が差し出した手を取ると、長く外気に触れていたのか、一瞬ひやりと冷たく感じたが、すぐに温かくなった。人肌の温もりはダイレクトに心にも伝わる。
もう誰かに見られてたって構わない。この手を絶対に離さない。そう牧は心に決めていた。
◇ ◇ ◇
――― Revival
【SIDE武川】
九月の終わり。
武川は旧知の仲である知り合いと、楽しい時間を過ごしていた。
彼には若い頃、淡い恋心を抱いていた時があったが、想いを伝えるタイミングが合わずそのまま疎遠になっていた。偶然にもわんだほうで再会してから、時間が合えば良く一緒に飲むようになっていた。
もともと馬が合い、仲違いをして別れたわけではなかったので、互いに喪われた時間を取り戻すのにそう時間はかからなかった。
気心が知れた彼には武川も素直に甘えることが出来た。仕事の愚痴や人間関係の悩みなど、重ねた年齢の分だけ鎧を纏った心の裡を、時折零すこともあった。
「もう、すっかり秋だな」
「そうだな」
風に乗ってどこからか香る金木犀の匂いが、遠い記憶を呼び覚ます。
それはかつて別れを告げた恋人の面影。
「どうも秋は感傷的になるな」
武川は曖昧にほほえんだ。
「どうした?」
「いや、まだ時々、終わりを告げた恋を思い出してしまって。受け入れたつもりだったんだがな」
「そうか」
なにも詮索しようとはしない旧友のやさしさに、胸が締め付けられる。だから昔も惹かれたのだ。
ふいに武川の視界が揺らいだ。零れ落ちそうになる涙を堪えて点滅する信号を見上げると、煌めくネオンと相まって花火のように見えた。いつか君と見た、打ち上げ花火。
『行こうよ!政宗!』
そう遠くない記憶の中の牧が、笑顔で武川の手を引く。
いつの間にか手が届かない存在になっていた恋人。心の奥底に沈めたはずの感傷。よく時が解決してくれると言うけれど、まだ忘れられそうにない。忘れたくはない。
「もう、終わった話だよ。今日は少し飲み過ぎた」
そう寂しく告げる武川の目に涙が溢れた。好きでもどうにもならないことがあると、自分の心に嘘を吐くことばかりが上手くなる。武川は上手く笑おうとしたが、溢れる気持ちは抑えられなかった。
「そんな顔をしたら放っておけなくなるじゃないか。これからお前の家に行っても?」
武川は旧友の突然の告白に一瞬たじろき、揺れる心に戸惑いを隠せなかった。
そんな武川の気持ちなどとうに見透かしていると、真っ直ぐに彼を見つめ返す熱いまなざしが物語っていた。
「そんなの…断れるわけないだろう」
武川はそう苦く笑った。
…残照…
青い空と、苦く薫る珈琲
武川は自宅のマンションのドアを開けると高村を招き入れた。広めのリビングへと通すとソファーに座るよう勧める。
「コーヒーでも飲むか?それとも呑み直す?」
スーツを脱ぎ、ネクタイを緩めながら武川が訊く。
「コーヒーを貰うよ」
高村は静かにそう応える。リビングを見渡すと、間接照明の仄暗い灯りと水槽の青白い明かりが対照的で、コポコポという水が循環する音だけが規則的に響いていた。落ち着いたトーンでまとめられたインテリアと革張りのソファー。塵一つ落ちていない空間は武川の人のなりそのままだった。程なくして2人分のコーヒーを淹れた武川が高村に尋ねる。
「ブラックだったよな?」
「ああ、ありがとう」
マグカップに注がれたコーヒーがテーブルの上で揺らめく。武川は高村の隣に腰を下ろすと、苦いコーヒーを口にした。
「もう、落ち着いたか」
静かな高村の言葉に先ほど醜態を晒した恥ずかしさに消え入りたい気持ちになる。幸いリビングは仄暗く表情までは読み取られないだろうと密かに安堵する。
「醜態を晒したな。すまない」
いつものように鎧を身に纏い、感情に仮面を着けると自虐的に笑う。それがどれほど嗜虐心を煽るのか、本人だけがわかっていない。
「牧とは…牧は俺の恋人だった奴だよ。彼とは別れてから職場で再会したんだ。さすがに俺も動揺した。でも牧には好きな相手が居て、結局は牧とそいつの背中を押してやった。我ながら模範的な理解ある上司だよ」
「後悔してるのか?」
「いや、それはない。ただ…」
「ただ?」
「お前と話しているうちに気が緩んでしまった。自覚していないところでまだ引き摺っているのかもしれないな。まさか自分が泣くなんて思いもよらなかったよ。お前には相当甘えてる」
大げさに笑って、なんでもないように武川が言う。
「なら、もうここで全部ぶちまけて、全部曝け出してしまえばいい」
「…高村」
その気迫に武川がたじろいだ。
「俺をこの部屋に招き入れたということは、そういう意味じゃないのか?」
「ッそれは…」
思わず言葉に詰まる。いい大人が熱を帯びた視線を送る相手を部屋に招き入れておいて、そのまま何もせず帰すなんてさすがに酷いと思う。ただ、情欲を吐き出すだけのためのセックスを望んでいたわけではなく、単にひとりになりたくなかっただけだ。純粋に人肌の温もりに触れたいと思っただけだ…。生娘でもあるまいし、そんな言い訳じみた感情を理解して貰うのは無理だろうか。
武川はしばらく逡巡し、メガネを外すとテーブルの上へと置いた。それが合図という風に、高村は武川を引き寄せると唇を塞いだ。何度か角度を変えて、触れるだけのキスを繰り返す。
◇ ◇ ◇
武川の中にある恋の影を全て吐き出させたい。彼が見る世界全てを自分の存在で塗り替えたい。少なからず好いと思ってくれているのなら、何年でも待つつもりでいる。
武川は打ち拉がれた少女のように小さく震えた。青白い静寂の中、武川の荒い息遣いとコポコポという水が循環する音だけが響いた。
「うっ…うっ…ぅあああぁぁー!!」
身を縮ませた武川が堰を切ったように泣き喚いた。高村がそっと武川を抱き寄せると、武川は子どものようにわんわんと泣いた。彼が泣き止むまで高村はそのままずっと抱きしめていた。
◇ ◇ ◇
空が白み始めたころ、高村はその言葉の通りそれ以上は何もせず帰って行った。
武川はいつものように慣れた手つきで身支度を整える。シャワーを浴びると鏡に映る自分を見た。高村に促されて冷えたタオルで目元を冷やしたので、鏡に映る自分の顔はいつもと何も変わらない。一筋の乱れもないよう髪の毛をセットすると、皺ひとつないシャツに袖を通し、オーダーメイドのスーツを身に着けた。リビングへと向かうとコーヒーメーカーから良い薫りが匂い立つ。何も変わらない朝、いつものルーティーン。
武川は愛用のマグカップにコーヒーを注ぐと、マグを持ったまま窓の外を見上げた。ただ、いつもと違うのはあれほど苦く感じたコーヒーが甘く薫り、見上げた空がどこまでも青かったということだ。
「さぁ、今日からまた仕事だ」
そう誰にでもなく呟きソファーから立ち上がると、新しい扉を拓くように自宅のドアを開けた。
青い空と、甘く香る珈琲に続きがあります。
武川政宗という男でも武川さんのことに触れています。