プロフィールを造る②:大人になったら辛いことしかないと思っていたあの時、僕は鬱になった。
こんばんは、ソルティーです。
最近は、自分を伝える努力をしていなかったなーと思って、プロフィールを造りを始めました。
その中で、僕がどうして、こんなに学校の先生を支えたいと思って、 情熱をかけて、人生をかけて、志を持って取り組んでいるのか、そのあたりを話していきたいと思います。
今回はその最初のキッカケの部分をお伝えしていきます。
※ちとどす黒い話ばっかりなので、楽しい話は今回出ません(笑)
とても息苦しいと感じていた最初の就職
「人生再起動したらどうだ?」
僕が最初に就いた仕事はプログラマーと呼ばれる職業でした。
しかし、この仕事にはとても息苦しさを感じていました。
満員電車に揺られながら、
「大人になったら、辛いことしかない。」
「自分はなんでこの仕事をやっているんだろう」
「自分がここで働く意味や意義ってなんだろう」
っていうことを考えていました。
どうしてそんなことを考えていたかというと、
「会社ではお前は使えないな」
「お前は人生やり直してきたらどうだ」
そんなことを何回も言われていたからです。
自分が怒られているような錯覚を起こす職場
会社に着くと、朝のサービスと称して、1時間の掃除があります。
サービスなので、お金はでません。それでも、一生懸命行いました。チリや、ホコリがあると怒られるという理不尽な環境だったので、チリ1つ残しませんでした。
そこから、9時から仕事を開始になります。
でも、楽しいとは感じません。
誰も喋らないからです。パソコンを打つ音、もしくは仕事上で必要な話を少しするだけ。
「休むなよ」という空気が流れていたような気がするので、息抜きはできません。
たくさん口を開くのは誰かが 怒られている時でした。
狭い事業所だったので、別室で怒るなんてそんな器用な真似はできません。
誰かが上司に怒られている。しかも、仕事のストレスをはけさせるように1時間以上も…。
そして、その会話をみんなが聞いている。
誰かが怒られている姿は自分が怒られている気にさえなる。
そんな地獄を感じさせる仕事場でした。
帰れない仕事
そして、終業のベルは 18時半で終わるんですけども、そこから誰1人帰ることはありません。誰も席を立ちません。
それはまだ、仕事が終わらないからです。
みんな、一生懸命仕事をしているのに、自分だけ帰るのは良くないだろうという思い込みが自分の中であって、それで帰るに帰れないと…誰一人帰ることはなく、それが定常化していました。
※実際は思い込みではなく、意を決して帰った同期はあとで呼び出された上に泣くほど、めちゃくちゃ怒られていました。
そして、8時、9時、10時…
11時頃になってやっと声がかかります。
「お前たち1回集まってくれ。もう夜も遅いし、そろそろ帰ってもいいよ」
やっと終わりか…と思うのは実はまだ甘かった。
「でも、仕事が終わらないから、 もう少し男は残ってほしい。
女子は気をつけて帰れよ」
と。
僕はもちろん男なので、残るしかありません。
ここで「帰りたい」と言ったら、なんという顔をされるか、どんなヒンシュクを買うか…全く分からず、意見を出すことも許されず、そのまま残ります。
そして、12時、1時、2時に差し掛かった頃…
「もうそろそろやめようか。人間らしく」
と上司が声をかけます。もう既に人間らしくはないんですけども、やっと仕事が終わりになります。
帰れない自分、未熟な自分
仕事が終わりになっても、会社内では泊まってはいけないというルールがありまして、 みんな外に出ます。
みんな車で帰ります。
しかし、僕は車がありません、電車で来ています。
あの時はなんでもっとうまく立ち回れなかったのかと、本当にお恥ずかしい話ですが…
ここの周りは工業地帯でした。ビジネスホテルもなく、明かりもなく、あるのはちょっとしたコンビニ。駅に向かっても、明かりはほとんどついていません。
そして、どうやって私が帰ったかというと、タクシーを使って帰っていました。
僕の自宅は、その場所から1時間半ぐらいかかる場所なんです。
なので、そこからタクシーで、深夜のタクシーで、1時間半もかけて帰っていました。
もちろん、深夜料金がかかります。
タクシーにかかるお金は2万円ぐらいでした。そして、私がその日に稼いだのは、2万円ぐらいです。
お金も残らず、時間も残らず、仕事のやりがいも残らず、そして何のために帰っているのかもわからない。
みんなが素晴らしいと思うものが絶望だった
そんな私が家に着いた頃には3時半です。
ですが、やってないことがあります。
晩御飯を食べること
お風呂に入ること
寝ること
この3つをやっていないのです。しかし、時間的に必ず優先順位をつけなければならない。
時には、お風呂に入り、時にはご飯を食べ、時にすぐ寝るということをやりました。
最後の寝る瞬間、僕は嫌な光景だと思っていたものが1つあります。
それが朝日です。
朝日を見ながら寝る。
みんなが「これから新しい朝が始まる!素晴らしい!」と感じている朝日を見る瞬間に僕は長かった1日が終わる。
みんなが素晴らしいと思っている朝日が、あんなに絶望に満ちているとは…、当時はその朝日で幸せを感じることができなかったのです。
そんなどす黒い心理状態で寝て、起きるのは6時です。
たった2時間しか寝れないだから、もうほとんど仮眠です。仮眠をして、 また転げ落ちるようにベッドから起きて支度をして、また仕事に向かうのです。
逃げたいのに逃げてはいけないと自分を縛っていた
そして、私はその仕事から逃げられないと思っていました。
そして、その会社に入ってしまった自分を呪いました。
なぜ、 私はこの会社に入ってしまったのか?もうそんなに頑張っているなら、やめればいいじゃないかと思っていました。
もちろん、これを読んでいる皆さんもそう思うでしょう。
もう、自分ではわかっていました。
これを60歳という定年まで続けるのは、100パーセント無理だということは。
だから、身体に異変が起こり、鬱になりました。
それでも、この仕事をやめるという決心は なかなかつかなかったのです。
それは、ある理由がありました。
この理由については、また明日お話をしようと思います。