白血病の猫と過ごした10ヶ月間。
猫白血病、ぶちおとの出会い
「猫を保護して欲しい」
いつもの連絡。そしていつもの対応。
ぶちおとの出会いは2022年6月だった。
「この子、大怪我をして、元気がなくてやせ細ってて…
検査したら猫白血病だと言うのです。
保護してもらって里親を探してもらうことはできますか?」
猫を保護して欲しいという依頼はとにかくいろんな事情でやってくる。
ぶちおは元々、野良猫で他の猫と喧嘩をしてしまい、怪我をして運ばれてきた。
「シャー!」
喧嘩っ早い子であることは間違いない。こちらに対して、牙をむき出しに、なぜここに連れてこられたのか?と戸惑いと不安でいっぱいの表情だ。
「預かりますね」
どの子も分け隔てなく、迎え入れる余裕があるなら迎え入れる。
それが猫田助のスタンスだ。
※ただ、野良猫は簡単に捕獲したり、保護したりしていない。業者ではないからだ。
この時はこの子でいろいろ考えさせられることになるとは、僕たち側も分かっていなかった。
次の日…ぶちおは脱走した。
ケージの鍵が甘かったのか、開けて出てしまったのだ。
猫白血病という感染する病を持った状態で、他の猫に会わせたり、外に出させるわけにはいかなかった。
結局、2階の階段の隅にいて、僕たちでも手が届かないところだった。
「どうしようもないね。追い込んでケージに入れよう」
あんまり手荒なことはしたくないのだが、どうしようもない時はこのように無理矢理追い込んでケージにいれる。
棒でつついたりして、スペースを次第になくしていく。そして、階段の手の届かないところからピョンと飛び乗って、一目散に一階へと降りていった。
だが、追い込んでも2階の届かないところに行ってしまって捕まえられない。
「こりゃ放っておくしかないな」
一日放置した結果、なんと洗濯機の中に収まっていたぶちおはケージの中に入れられた。
2段ケージ…というにはあまりにも狭いケージだったが、一匹であれば悠々と過ごせるスペースはある。
「この子はなかなか自由にさせてあげられないねぇ。」
そんな出会い方をした。
懐かない猫を慣れさせるために
毎日の声かけを試してみる
ぶちおはケージに入ってからは大人しく過ごしていたが、触ろうとしたり、ケージに近づいたりするとすぐに威嚇をしてきた。
この間の無理矢理捕まえたのが響いたのか…、こちらを『敵』だと思ってしまったようだ。
無理矢理捕まえるということをすると、このように猫の信頼感がなくなってしまうので、本当だったらやりたくないのだが、あの時は仕方がなかった。
とにかく毎日通るたびに挨拶だと思って声をかける。
その度に「シャー!」と威嚇されるが、それでも声をかけた。
ひとまずケージの中にさえ入っていてくれれば、大人しい。このケージの中にいる間に、積極的にコミュニケーションをとるしかない。
そうしないと里親募集にかけることが難しくなるし、トライアルにも出せないからだ。
妻が始めた猫ボランティア活動なので、猫のトイレや、餌はすべて妻が行う。その時に爪を立てたりすることもあるようで、手を怪我することも多かった。
孫の手をつかった積極的なタッチ
さすがに手を怪我するのを放っておくわけにもいかず、自分もある決意をした。
「この子とは絶対仲良くなってやる」
本気で仲良くなろうと積極的なコミュニケーションに出た。
はじめての保護猫という本の中に『孫の手』を使ったコミュニケーションの方法があった。
孫の手でなでなでと触る
触らせてくれたらご褒美に何かおやつをあげる
どうやら孫の手は人間の手に近く、「触らせても何も起こらないんだ」という訓練ができるらしい。
早速、孫の手を用意し、ナデナデを開始。
最初は何かされるのかとドタバタと暴れだす。一段目から2段目に移動したり、孫の手に向かって本気の猫パンチを繰り出したりしたが、なんとか触れた。
お礼にいつもダシをとっている煮干しをあげる。
最初は警戒して近づかなかったが、自分が離れると煮干しを食べている。どうやら嫌な食べ物ではないらしい。
このコミュニケーションを朝・夜、毎日繰り返した。
最初は嫌がっていたぶちおだったが、段々と落ち着いてきて、2ヶ月くらいした頃には孫の手でも平気で触らせてくれて、煮干しを手であげても食べるようになってきた。
ぶちおとの信頼関係が生まれたような気がして、自分の手ではまだ触れないのだが、とても嬉しかった。
健康と、保護者の不安
ぶちおと上下運動
段々、ぶちおに貫禄が出てきた。
というのも二段ケージが狭くて、運動ができないのだ。
「縦に長いケージを買ってあげたほうがイイね」
そう思って、コンビネーションサークルを使って、5段ケージにしてあげた。
長いケージになってびっくりしたのか、ピョンピョン飛び跳ねている。
上にいったり、下にいったり…、実に楽しそうだ。
見つからない里親
ぶちおと出会ってからすでに4ヶ月が経っていた。里親募集をしているのだが、なかなか見つからないのだ。
エイズが陽性でも厄介だが、白血病が陽性の場合、さらに厄介だ。
なぜならエイズは発症しなければ問題なく過ごせてしまうことがあるが、白血病の場合、致死率100%。2〜3年で死ぬことが多いからだ。
そうなると、そんな猫をわざわざもらいたいなんて里親など中々いないのが現実だ。
保護している側からすると、「このお世話はいつまで続くのか?」という気持ちにもなってくる。
「早く保護して欲しい」
お世話をしている間も、このような依頼がたくさん入ってきてしまう。だが、貴重なスペースを一つ潰してしまって迎え入れられる猫が減ってしまうのだ。
里親募集としてはスペースを空けたい。
だけど、猫にはストレスなく、安心して過ごして欲しい。
このジレンマが出てきやすいのが、白血病猫の保護だ。
手を尽くしたとしても、最終的に選ぶのは里親さん。
「終身保護施設に入れたほうが幸せなのかな…」
二人でよく話した。
終身保護施設はお金さえ出せば、死ぬまで預かってくれるという施設だ。値段はそれほど高い金額ではないが、非営利でやっている活動だとそういったお金はまったく残らない(むしろ出ていく)。
最終的には状態を見て決めるという形になったが、ぶちおの里親が見つかることを祈って、世話をし続けた。
心を開いたぶちお
5ヶ月が経った。この頃から、お気に入りのおやつを知った。
前のところで保護されていた時、大好物だったというおやつがあると聞いて、あげてみたら喜んでパクパク食べている。
なんとおやつを手で掴みながらあげても、手を歯で噛まないように避けて食べてくれるようになっていた。
「これはワンチャン、触れるのでは?」
恐る恐る手を伸ばし、触ってみる。
頭に触れたが、逃げ出す様子がない。ちょっと身をよじってはいるが、嫌な気ではないようだ。
初ナデナデ。
捕獲した方からは「懐かない」と言われていたぶちおだったが、ついに心を開くことに成功したのだ。
感無量というか、ここまでやってきた苦労が報われる感じがした。
闘病生活とリンパ
触れるようになって気づいたことがある。リンパが大きくなっていたのだ。
医者からは
「リンパが腫れ始めたら健康には注意してください」
と言われていた。
致死率100%の病気だが、なるべく苦しませたくはない。
ストレスがないようにとしてきたが、すでにリンパが大きくなってきて、顔がぷっくりといつもより丸顔になっていた。
こころなしか、前よりも元気にジャンプする様子もなくなっていた。
いつも2メートル近い5段目のケージでうずくまり、僕らを見下ろしている。
彼が今、何を考えているのかは分からないが、そろそろ死期が近いのかもしれないと覚悟をしていた。
骨と皮の状態
「こんなに痩せていたっけ?」
8ヶ月目になり、丸々太っていた体が一気にやせ細り、骨と皮だけのような体格になってしまった。
食事は変えていないし、ある程度は食べているのだが、明らかに食事の量が減ってしまったのだろう。
ナデナデしていて、気持ちよさそうな顔をし、グルグルと喉を鳴らしている。
ここまで仲良くなるのに時間はかかったが、あと少しかもしれない期間を仲良く過ごしたいと思っていた。
最後の日へ
鳴くぶちお
10ヶ月目。
「にゃー!」
ぶちおが鳴いた。今まで一緒にいたが、鳴いたのは初めて。
意外と甲高く、かわいい声だった。
しかし、今の今まで鳴かなかったのに、一体どうしたというのか。
ここでもナデナデをする。
幸せそうにしている。だが、何かがおかしい。身をよじって逃げたりしないのだ。ずっとなでて欲しい。そんなメッセージが体から発せられている。
今までこんなことはなかった。
僕は妻に
「これって完全に心開いたってことかな!?」
と言ったが
「もしかしてお別れが近いのかも…」
なんて言うものだから、不安になった。
たしかににゃーにゃー鳴くようになってから、ずっと1段目にいる。
今まで5段、4段、3段…と日を追うごとに下に降りてきていたが、最近はずっと1段目。
「もうジャンプする気力もないのかも。」
もしかすると、愛する時間はないかもしれない。
初めての抱っこ
もうなりふり構ってはいられなかった。
「今日は膝でいさせよう」
そう思い、ぶちおをはじめて抱き上げた。
嫌がりもしない、逃げもしない。
僕が仕事をしている席に連れていき、膝の上にいさせた。
元々、野良猫だったので、こんな風に膝の上にいたのはニャン生で初だろう。
どう動いたらいいか…と戸惑っていたが、しばらくすると、くるんと丸くなり、眠りに入った。
これが初めてのぶちおと仲良くできた瞬間だった。
今までなんでこれができなかったのだろうということが悔やまれるが、精一杯やった結果、なんとか死ぬ前に間に合った…という感じがしていた。
最後の晩餐
ぶちおがまったく水も食べ物も口にしていないので、ドライフードではなく、ウェットフードをあげた。
普段はあげていないような高級なものだが、この際、何か食べてくれれば…と思って、あげてみたらパクパク食べている。
だが、もう立ち上がることもできないようで、寝ながらフードをパクパクと食べていた。
この時に悟った。
「もうこの子はあと数日で死ぬ」
最後の瞬間までそばにいようと決めた。
最後の日
最後の日も午前中はぶちおを抱っこしながら仕事をした。
腕が曲がらなくなってしまったようで、爪が引っかかってしまうのを何度もとってあげた。
スヤスヤと寝ているが、「あとちょっとしかないんだろうな」という気持ちになっていた。
午後からはでかける都合があったので、ぶちおをケージに戻した。
その時にご飯を食べ、急に歩けるようになって、トイレに自力で入っていった。
「あれ、食べたからそんなに元気になったのかな?」
そんな風に思っていた。
戻ってきて、ぶちおはほとんど動かなくなっていた。
息はしているが、瞬きをしていない。
「もう目は見えていないかも…」
そんな妻の一言から、最後に膝の上に乗せた。
暴れることもなく、泡を吹くこともなく。
口をパクパクさせ、よだれをたらしたり、まったく響いてなかったけど、2度「にゃー」と鳴いた。
「ありがとうぶちお。ありがとう。
いろいろあったな。俺もぶちおも苦労した。
でも、もういい。楽になったらいい。」
頭をなでながら、ぶちおに伝えた。
人間でも耳は最後まで聞こえるというから、話しかけた。
その言葉を伝えて最後の最後、強く蹴りを出してきた。
言葉を出せないからこその最後の挨拶。
数分後にぶちおの呼吸が止まった。
ぶちおは最後に僕に挨拶をして天に登った。
ぶちおとのお別れ
ぶちおが亡くなって、どうするかも考えていた。
なぜなら庭はそんなに広くないので、成猫を埋めるスペースが中々確保できないのだ。
「実家なら行けるかなぁ」
と思って相談してみたが、「病気持ちの子は嫌」という理由で断られてしまった。
もちろん、これは実家だけではなく、ほとんどの人がそう思うのだろう。
猫エイズ、猫白血病、この言葉に対峙した時、『人には感染らない』ことを調べもするだろう。知る機会があれば問題ないのだが、突然の出来事の時、不安だからそれを避ける。
それは仕方のないことだ。それが病気持ちの猫の運命。
病気だから飼いたくない。
仕方ないと分かっているのだが、里親さんがなかなか見つからない現実を突きつけられているようでなんだか悲しかった。
だが、ぶちおとはちゃんとお別れしなければならない。
ペット霊園や、ペット火葬のサービスも出てきているが、ぶちおは飼い猫ではない。
意識の差でしかないのだが、ちゃんとやろうとすると、みんなちゃんと供養してやりたくなってしまう。
だから、自然の循環の中に戻すことを決意した。
庭に大きな穴を掘り、ぶちおを入れた。
作った穴はすっぽりとぶちおの体を包んだ。
「これでお別れだ。」
ぶちおとの長かった生活に終止符を打つように、土をかぶせた。
妻はぶちおの使っていたケージをきれいに洗っている。もしかしたら、別の猫が使う可能性があるからだ。
また保護猫が来るだろう。
季節は4月。猫にとっては繁殖期だ。
そうやって命は循環し、またどこかで保護が必要な命が運ばれてくる。
運ばれてきても、助ける人たちが疲弊しては意味がない。
「少しでも猫を助けられる人を増やす」
そんな目的のために妻が作った保護猫団体。
もし、少しでも気になったのであれば、覗いてみて欲しい。
寄付をしたり、知り合いに紹介したり、記事をシェアしたり、そして里親になったり…。そんなことの積み重ねで命が助かるのだから。