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やっぱり、すべてのことに意味はある

2月7日(晴)

今日の午後は久しぶりの表参道へ。レクサスがプロデュースするカフェで待ち合わせをした。

私は会社員としては2社経験していて、どちらもその会社の顔になるようなど真ん中社員ではなかった。
けれど、我が道をいく雰囲気の私を慕ってくれる後輩、それを面白がってくれる同僚や先輩が一定数いたおかげで、充実した生活を送れた。何度振り返っても、人に恵まれた幸せな会社員生活だったと思う。

そしてフリーランスのライターになって8年目となる今も、定期的に誰かが連絡をくれる。今日はそんな日だった。オンラインで話すかチャットが基本だが、去年母親を亡くしたという元同僚が「色々整理がついてきた今、なんかマホさんに会いたくなって」と連絡をくれたのだ。

彼女のお母さんと私のセンス(特に器選び)が似ているとは聞いていたが、遺品を整理する中で、私のことを時折思い出してくれていたらしい。

母を亡くした者同士でさまざまな話をしたが、特に印象的だったのは、「母を失うということに喜ばしいことなどないが、頼りになる人がいなくなることで、精神的な自立の助けになる」ということだった。

彼女が本当にそう思っていることは、寂しさが滲みながらも、どこか清々しい表情からよく伝わってきた。

私は27歳で母を亡くしたが、まさに同じ気持ちだった。表現が難しいが、母が生きて(くれて)いれば、また違った人生だっただろうと思う。実際、その3ヶ月後に会社を辞めて、次に就職するまでは9ヶ月のブランクがある。その9ヶ月の間の3ヶ月間ほどは、新宿3丁目にあるジャズ喫茶&バー「DUG」でアルバイトをしていた。そしてワークワークワークな8年間を過ごしたのち、独立し、現在に至る。

と、40歳も半ばとなり人生の後半戦を見据えている者同士の再会は、あっという間におひらきの時間となり、握手で別れた。

お店を出てそれぞれの方向へ歩き出してからは、余韻に浸れないのがこの立場の切なさ。保育園へのお迎えからの寝かしつけまでノンストップで流れていった(現在は一度寝てからの生還。23:29)。

今日のおやすみの1冊にムスメが選んだのは、もはや我が家の定番と言っていい「ぐりとぐら」だった。ここの部分だけは思わず、ムスメも読み手(私)と声を合わせて、笑顔になってしまうお気に入り。

ぼくらの なまえは ぐりと ぐら
このよで いちばん すきなのは
おりょうりすること たべること
ぐり ぐら ぐり ぐら

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