景色の中と外
インターネットの観光ガイドには、見渡す限りにメタセコイヤ並木が続く写真が載っていた。見栄えの良い、きれいな写真だった。こういうところは、実際に行ってみると、特定のところから写真を撮ったときだけ、トリックアートのように並木道が無限に続いているみたいな写真が撮れる、ということも多いけど、ここは、そうじゃなかった。マキノ高原のメタセコイヤ並木は、バイクで走り抜ける気持ち良さがしっかり体感できるくらい、長く続いていた。
並木道をバイクで往復してから、メタセコイヤ並木の真ん中にある立派なお土産屋の駐車場にバイクを止めた。お土産屋をのぞいてみたら、フルタセコイヤチョコレートのメタセコイヤバージョンが売ってあった。少し心を惹かれた。でも、夏のツーリングのお土産で、チョコレートは、無理があった。あきらめて、お土産屋を出た。道路から、並木道の写真を撮ることにした。
並木道は、景色は素敵であっても、道路としては、普通の生活道路だった。農作業の軽トラや、営業の白いワゴンなんかが、わりと通った。良い景色を取りたければ、車の流れが途切れるまで待って、注意して道路に出て、素早く写真を撮らなければいけなかった。
道路わきで、カメラを構えて、待った。30mくらい先のところに、とても立派な一眼レフを構えた、メガネの青年が立っていた。おとなしそうな青年だった。彼も、シャッターチャンスを待って、道路わきに立っていた。私の位置から写真を撮ると、もれなく、道路わきに立つカメラ青年の姿も映り込む。こういうのは、順番だ。青年は、車が途切れるのを確認するために、キョロキョロしていた。ここに立っているショボいカメラを持ったショボいオジサンの存在も、見えているはずだ。
青年よ、気にすることはない。落ち着いて、その立派な一眼レフで、素敵なメタセコイヤ並木の写真を撮りたまえ。撮ったら、ちょっと、そこ、どいてね。オジサンも写真撮りたいから。
そして、車の流れが途切れた。青年が、道路の真ん中に立った。立派な一眼レフを構えて、写真を何枚か撮った。そのうち、向こうから、車が一台やってきた。青年は、道路わきに戻った。そのまま、カメラをのぞき込んで、今撮った写真の出来を確認した。
向こうから来た車が走り去って、そのあとは、車が来なかった。写真を撮るなら、今だった。でも、メガネの野郎が、意味もなく、道路わきに突っ立ったままだった。間もなく、後ろから、別の車がやってきた。
青年よ、写真撮ったら、そこどいてくれないかな。俺、お前のいないメタセコイヤ並木の写真が撮りたいんだけど。って、わかんないか。
30mほど歩いて、メガネの青年の向かい側に立った。メガネが、一瞬、こっちを見た。なんで、このオジサン、わざわざボクの近くに来たんだろう、という顔をしていた。
まあ、そうだろうね。わかっていたら、やらないだろうから。君も、いつかわかるよ。
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