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爪に色を乗せる日

三十数年ぶりに爪を装った。

マニキュアだかネイルカラーだかポリッシュだかその類いのものは、子ができてから縁が無かったものを。

娘と立ち寄った雑貨店(化粧品店ではない)に可愛らしい色が並ぶのを目にして、つい魔が差した。

『お湯で落とせる』という宣伝文句につられて買った小瓶は地味なオレンジ系。くすんでささくれ皺だらけになった指にも、まあ無難に馴染むだろうと判断した。ベースコートは娘に借りた。

これでも若い頃には一通りのお洒落はしていた。塗り方を忘れていたわけではない。が。
老眼で細かいところが見えぬ。
小さな刷毛がいうことをきかぬ。
どうにかこうにか塗りおえた十本の指先には、不細工に色ムラだらけのオレンジの爪が並んだ。

はあ。やっぱ似合わんことはするもんじゃない。
単純に一色塗るだけでも労作業なのに、何色も塗り分けてお絵かきしたりストーンで飾ったりできる人には頭が下がる。わたしゃ、無理。

それでも娘に励まされ、せっかくだからと着替えてランチに出掛けた。
不思議なもので、家の中では違和感しかなかったオレンジの爪は、外の日射しの中なら案外健康的に見える。
お母さんやっぱりオレンジにして正解だよ、今日のワンピースに似合ってるよという娘の言葉で調子に乗った私は、二十代のコと同じカロリーのランチを頼み、ペロリと平らげてしまった。

人は何故、爪にまで色を乗せるか。
「自分の目に見えるから」ではないか。
顔にいくら化粧したところで、鏡を見なければ自分には見えない。
指先は嫌でも視界に入る。
素のままではない、色彩で装った爪が一動作ごとにひらりひらり。
知らず、気分が華やぐ。
ちっぽけな爪の装いが、緊張と肯定を生む。

が。やはり私には非日常の華やぎだ。
家に帰れば、やはり違和感しかない爪先が目につく。落ち着かない。

この爪で魚をさばくのか、野菜を刻むのか? 洗濯物を取り込み畳み、風呂掃除をして食器洗って明日のために米を研ぐのか?

嫌だね。

早速洗面所で色を落としにかかった。
慣れ親しんだ『オカンの爪』が現われる。
ああ、ちょっと切らなきゃ。爪切りどこいった。

えーっもう落としちゃうの、せめてしばらく楽しめばという娘の声に感謝しつつも、キッヒッヒッヒと意地悪魔女の笑いを返しておいた。





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いときね そろ
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