・保管庫No.5 落ちる。 何かの強力な圧力に押しつぶされそうになりながら、どこまでも落ちてゆく。 (苦しい。潰される!) ステファンはもがきながら、自分を押しつぶそうとしているのが膨大な言葉の渦だという事に気付いた。 言葉。言葉。言葉。 脈絡のない言葉が列を成してステファンの中に流れ込もうとしている。頭が割れそうだ。息ができない。 「全テヲ受ケ取ロウトスルナ。見ルベキ物ニ目ヲ開クンダ」 ファントムの声と共に、ひやりとする金属の感触を顔に感じた。途端に
ギターを手放した。 長年それが占拠していた場所は、最初から何もありませんでしたよとでもいうようにガランとしている。 還暦過ぎて少しずつ不要品の処分を始めている。 先日は大きなフランス人形を手放した。 今回はギターだ。 次男が中学生の時に買ったアコギだから古いっちゃ古い。 次男、たまに長男、のちに長女が使って、その後私が譲り受けた。 いや~これでもお母さん昭和フォークに世代だからさ~とか言いながら、 耳コピ曲を自己流で弾いていた10代をを思い出して、久しぶりにジャカジャカすん
夕方、突然ヘンな電波を受信したのか? なんだか単調な三拍子の歌とうらぶれたおっさんのイメージが飛び込んできまして、仕方ないから1000文字にも満たない短いのを一編投稿しました。 だいたいヴァレンテリーナってなんやねん(笑)ヴァレンティーナなら人名としてありだけど。
どの町も景気が悪い。 イルケからティリーニャに向かう途中、ようやく夕食にありついた酒場で、枯れた歌声が響いていた。 客の求めに応じてちいさな蛇腹楽器を弾き、僅かな小銭を稼ぐ男は、老人と呼ぶには若いが、陽と砂に晒されて年齢の読めない顔をしている。 客が誰も声を掛けなくなると、彼は店の隅に腰掛けて三拍子の曲を奏ではじめた。 痩せた長靴と 盲た仔犬 それだけが旅の道づれ おお、ヴァレンテリーナ おまえが笑えば 陽の差すほうへ おまえが泣いたなら闇を連れに 歩いていこう 盃
墓標に葉っぱを一枚載せてきた 呼び鈴が まあだ と鳴った 受け継いだ文箱には蜘蛛の巣があった
日が落ちるのが早くなった、 捨てたと思いこんでた本を見つけた。 レモン型の月が出ていた。
ご報告: #創作大賞2023 中間選考にて、 「20世紀ウイザード異聞【改稿】」が通過できました。 読んでくださった方、スキを押してくださった方、ありがとうございます! 202作品の作者様、おめでとうございます。 最終発表はまだ先ですが、今は素直に嬉しいです。
部屋を整理していた娘が 「高校時代に買ったままのノートを発掘したんだけど……」 と遠慮がちに数冊持って来た。 なぜ遠慮がちかというと、処遇に困ったモノを私に持って来ると、なんでも勿体ない精神(そんな立派なものはない)でオカン部屋に積み上げてしまうことを知っているからだ。 今回ももちろん喜んで引き取った。 いやだってね。2~3ページ使っただけのノートとか勿体ないじゃない。 使用済みのページだけ破ればほら、新品と変わらんし? というわけで、当分の間、雑記帳には困らなくなった。
三十数年ぶりに爪を装った。 マニキュアだかネイルカラーだかポリッシュだかその類いのものは、子ができてから縁が無かったものを。 娘と立ち寄った雑貨店(化粧品店ではない)に可愛らしい色が並ぶのを目にして、つい魔が差した。 『お湯で落とせる』という宣伝文句につられて買った小瓶は地味なオレンジ系。くすんでささくれ皺だらけになった指にも、まあ無難に馴染むだろうと判断した。ベースコートは娘に借りた。 これでも若い頃には一通りのお洒落はしていた。塗り方を忘れていたわけではない。が。
少しピンボケですが、お盆の帰省の折、実家から引き取ってきたものです。 拙作『弟月町のひとびと』手芸店アルデアでアオサギのおばあさんからもらった青い缶は、これがモデルになっています。 いやしかし、錆びてるな…… もともとはボビンや手芸道具入れだったんでしょうか? 昭和の足踏みミシンについていたセルフメンテ用の道具入れかもしれません。 中身は母が集めていた古いボタンですが、古いばかりで価値はないです。 小説とは違って洒落たヴィンテージボタンなんてありません。 しかし不思議なも
創作大賞の応募期間が終わり、ボーッとしています。皆さんお疲れ様でした。 私の三作にも応援をいただき、ありがとうございました。 文字制限内に納めるため、電卓片手に悩んだり、過去作の構成を変えたりと大変でしたが、良い学びになりました。 24日まで、読者として楽しませてもらいますね!
目次 https://note.com/soloitokine/n/ncac7b1b7f8fa ・再会 「ユーリアン、ご苦労であった。『野犬退治』は終わったのか?」 笑いを含んだ表情で、ソロフが眉を上げた。この部屋から一歩も出ていないと言いながら、カニスの件を知っているような口ぶりだ。 「ええ、大人しいもんですよ。『吠えつく犬は噛みつかぬ』ってね」 ユーリアンはトーニャと目配せし合った。 「カニスと知事の両奥方は三流魔女なんですが、パーティーの直前に喧嘩をやらかしまし
目次 https://note.com/soloitokine/n/ncac7b1b7f8fa ・ステファン、ガーゴイルに乗る オーリから託された辞書をしっかりと抱きかかえ、ステファンは庭伝いに4番目の窓に向かった。 磨きこまれたガラスの向こうは、賑やかな広間とは対象的な、しんとした吹き抜けの階段ホールだ。黒いアイアンレースの手すりも美しい螺旋階段が目に入る。上り口では乙女の姿をした彫刻が天を指差している。 中に入ろうとしたステファンは、窓に鍵が掛かっていることに気
目次 https://note.com/soloitokine/n/ncac7b1b7f8fa ・パーティー 波音が聞こえるものの、足元は砂浜ではなく岩だ。いや、人工的な石の広場のようになっている。 潮の香のする夕闇の中でいくつもの白い光の円柱が立ち上がり、その中から着飾った紳士淑女が現れる。それぞれに挨拶を交わしながら、向かうのは岸壁だ。岸壁の前では門番のように巨大な一対の石像が見下ろしている。人びとがその石像の前で名乗る度にさっと岩が割れ、またすぐに閉じる。
目次 https://note.com/soloitokine/n/ncac7b1b7f8fa ・魔法のトンネル 9月になると、急ぎ足で秋はやってくる。 駅での1件以来、寒々とした日々が続いていた。 エレインは1度砕けた封印石を、自分から望んで再び耳に着けた。日に何度か森を巡り『守護者』としての務めを果たしているのは、これまでと変わらない。少なくとも、表面上は。けれど以前のように屈託の無い笑顔は見せなくなくなったし、なんとなくオーリと距離を置くようになり、アトリ
目次 https://note.com/soloitokine/n/ncac7b1b7f8fa ・竜人の鎖 帰りの汽車は空いていた。エレインは来る時と違って緊張がほぐれたのか、4人掛けのコンパートメントの窓際に陣取ると、他の乗客のいないのをいいことに、またしてもあれは何、これは何と質問の雨を降らせた。 十何回目かの『あれは何?』の後、ふいにエレインが黙り込んだ。オーリの手が額に触れている。ステファンが驚いている前で、緑色の目を閉じてがくりと首を垂れた。 「うるさいから