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〔短編連作〕弟月町のひとびと ⑦

目次はこちら https://note.com/soloitokine/n/na7ff6d48884e

7.ショパンを聴く味噌

叔父が死んだそうだ。

叔父ってのはまあ、おかんの弟。
生涯結婚もせず、好きなことだけやって50年生きた男だった。らしい。
他県に住んでた叔父とはもう10年以上交流がなかった。例の感染症騒ぎの影響で、葬式はおかんの兄姉だけ集まってさくっと済ませた。らしい。

で、先日。
おかんが形見分けだといってオレのアパートに持って来たものがある。

味噌5kg。

は?
は?
意味わかんね。

形見ならもっとこう、他にあるだろ。
てかなんで味噌? しかも5きろぐらむ? 
オレ独り暮らしなんですけど。どうやって食えと。

「手作りなのよそれ、手作り。あの子の趣味だったのよう味噌造り。食べてやってね供養だと思って」
おかんは一方的にしゃべってオレに押しつけると出て行った。
と思うと再びドアを開け、
「あ、その味噌ね。音楽聴かせてやって音楽。遺言なのよ。ええと、しょぱ……しょっぱ」
「ショパンかよ」
「そうそれ。やっぱり適任だわーあんた音楽好きだから」

ちょ、ちょ、ちょっとまってくださいおかーさん。
音楽好きたってクラシックとか聴きませんけどオレ。
ショパンがしょっぱいあんたと同レベルなんですけど?
おかんが去った後、味噌5kgが入ったホーロー容器を前に、オレは呆然と立ち尽くした。

ええと。
ショパンね。
味噌にショパン。意味わかんね。
手作りとか。こっわ。捨てたろか。
捨てたらバケて出るかな。誰が? 叔父キが? 味噌が?

とりあえず配信サイト……ショパンなんかあったか?
適当に検索してそれらしいピアノ曲を流しっぱにしてみる。
なんかドラマチックな曲が流れてきた。
あ、これゲームで聴いたことあるやつ。

オレが小学生の頃、叔父キと一緒に遊んだ古いゲームのだ。結構思い出すもんだな。
あの時の叔父キ、いくつだったんだろう。よく遊んでくれたな。
なんて。ひとつ思い出したら芋づる式にいろいろ思い出した。

おい味噌。叔父キの味噌。聴いてるか。
そういや味噌って麹菌使うんだっけ。菌て生き物かな。菌て言うぐらいだもんな。

とりとめもないことを考えてると、曲が変わった。
「別れの曲」このくらいならオレも知ってる。アニメでも流れてたし。
別れ、か。
そういやオレ、訃報を聞いてもふーんとしか思わなかったな。
だって最近の叔父キ知らんし。実感ないし。

5kg味噌ケースの蓋を開けてみると、プンといい香りがした。
手作りね。結構うまそう。やるじゃん叔父キ。

夕方、オレはトンテキ用の豚肉を買ってきて、味噌に砂糖やらみりんやら混ぜたもんを塗りたくって焼いた。
てきとーに探したレシピで一番うまそうだったからだ。
フライパンの中で焼けた味噌は、豚の脂と混じっていい感じに香ばしくなった。
白飯に乗せて食う。味噌の味がしみる。
「美味いな」と呟くと、不意打ちみたいに涙が湧いてきた。
味噌のせいなのか、流しっぱのショパンのせいなのか、わかんね。

叔父キ、もう一緒にゲームできないね。いろいろ忘れてたけど、ありがと。
でもな。

味噌5kgはさすがに多すぎると思うんだわ。


(次の話)


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