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〔短編連作〕弟月町のひとびと ⑪

目次はこちら https://note.com/soloitokine/n/na7ff6d48884e

11.サラマンドラ発火点

 口内炎が治らない。
 理由はわかっている。
 仕事のストレスのせいであり、ストレスの源は上司であり、上司がなんでストレス源なのかというと……ぐああっもう思い出すだけで頭に血が上って火を吹きそうだ。いっそ吹いたろかブォォーブォォー!

 え、うそ。
 本当に火を吹いたぞわたし。

 誰も居ない屋上でよかった。給湯室なら火災報知器が鳴ってた。
 いやいやそういうことではなく。
 もう一度ブォォーとやってみたら、カセットガスが切れる直前みたいに小さな火が出てすぐ消えた。

 ……火、だったよね。口の中やけどしなかったかしら。
 急いでトイレに駆け込み、洗面台の鏡の前であんぐり口を開けて確かめる。やけどはしてないけど、口内炎だと思っていた両頬の内側に5mmほどのバッテン印が。

 なんじゃこりゃ、なんじゃこりゃ。
 医者に行くべき? そもそも何科? あ、口腔外科って近くにあったぞ。
 その日の午後はなるべく口を開かず、定時で終えると急いで病院に駆け込んだ。

「あー、発火点ですねえこれ」
 お医者はノンキに告げた。は、は、はっかてん? て、なに?
「お口から火が出たでしょう。ストレス性のガスにー、このー、バッテン印が反応しましてですねー、こうバチっと。タイミングが合うとー、発火してしまうんですねえ。最近多いんですよー」
「はあ。あの、治ります?」
「うーん、まだわかってないことが多くてねー。ま、なるべくストレス溜めないようになさってくださいー」
 無理いいなさんな。あの上司のもとで、んなことできりゃ苦労しませんわ。
 特に薬もないということで(そりゃそうだろう)念のため診断書だけ書いてもらった。
『サラマンドラ症候群』
 ふざけた病名が書かれてあった。

 診断書は役に立った。あれから私は、日に数分、屋上に出てはブォォーブォォーと火を吹いている。タバコ休憩ならぬ火吹き休憩だ。職場が大惨事になることを思えば、このくらいは許されてもいいよね、うん。
 上司はといえば相変わらずわからんちんでムカつくばかりだが、
(いざとなればテメーの残り少ない御髪おぐしを焼け野原にして差し上げましてよ)
 と心の中で毒づくことで、以前より少し気持ちに余裕ができた。
 余裕はできたが、火の勢いは衰えないぞ。

 ブォォー!

 今日も良い火だ。

(次の話)


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いときね そろ
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