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思ったことを少しずつ

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最近の記事

ちゃんと食べてちゃんと寝てとかじゃなくて、ちゃんと食べたくても食べられない、寝たくても眠れないってことなのに、規則正しい生活をしていたら穏やかに生きれるよじゃないんだわ。

    • いちばんだいすきで尊敬していて大事でついていきたい人間に、ただ精神の脆弱さのことは理解してもらえず、いつも「もっと強くなれ」「考え方を変えろ」と言われるのが苦しすぎる。わかってほしいと思ってしまう。

      • 愛なんだか恨みなんだか

        感情をすぐ見失う。わたしは精神的にあんまり強くない。一人暮らしを始めてからそれが露呈して、医者に通ってギリギリ「普通」を生きて、でも医者に通うっていうのがわたしにとって多分あんまり良くなくて、歪な自己肯定感と自尊心のバランスが出来上がってしまったのだと思う。 愛について考えることが多い。愛をベースに生きたいと思っているし、それが間違っているとは思っていない。わたしはわたしが好きだ。人には「考えすぎだ」とすぐに言われる。できるだけの努力をして考えすぎているのだから、もうどうに

        • 久しぶりに「ちょっと思い出しただけ」見た。コロナ禍の世界ってもうこんなに遠くにいっちゃったんだって思った。映画の中にはちゃんと、いろんな「あの頃」が残っていてくれること、本当に頼もしくてうれしい。映画が好きだ。

        • ちゃんと食べてちゃんと寝てとかじゃなくて、ちゃんと食べたくても食べられない、寝たくても眠れないってことなのに、規則正しい生活をしていたら穏やかに生きれるよじゃないんだわ。

        • いちばんだいすきで尊敬していて大事でついていきたい人間に、ただ精神の脆弱さのことは理解してもらえず、いつも「もっと強くなれ」「考え方を変えろ」と言われるのが苦しすぎる。わかってほしいと思ってしまう。

        • 愛なんだか恨みなんだか

        • 久しぶりに「ちょっと思い出しただけ」見た。コロナ禍の世界ってもうこんなに遠くにいっちゃったんだって思った。映画の中にはちゃんと、いろんな「あの頃」が残っていてくれること、本当に頼もしくてうれしい。映画が好きだ。

          漱石のせい

          ちょっと前に満月の夜があったでしょう。1週間くらい前。ほんの1週間で、こんなに月は欠けるのかと思うくらい昨日の夜は半分の月だった。 すごく大きくて綺麗な月で、その上ところどころに薄雲がかかった夜だったので、時折朧月になると一回り大きな範囲が光って、すごく綺麗だった。わたしには月を美しいと思う感性がある。 そんなの、大概の人にはあるだろうと思うかもしれないけれど、こういう書き方をしたのは、わたしの好きな人にはこういう感性がどうやらないらしいからだ。わたしは散歩が好きで、歩く時

          全員のことうっすら好きで、全員のことうっすら嫌いで生きてる

          『乱暴と待機』っていう映画を、どうして公開当時中学生になったかどうかのわたしがちゃんと見ているのか全く思い出せませんが、とにかく見ていて、これも全くわかりませんが、なんか好きな映画だと思ってDVDでも見ている。本谷有希子が好きだったんだろうな多分。 その中に「ムカつくだろ、オドオドして他人の顔色窺って」みたいなセリフあって、わたしは人に優しく、ひいては自分に優しくありたいと思って生きているけれど、こういう部分があって、人はわたしを見ると腹が立つのだろうなと思ってしまって、悲

          全員のことうっすら好きで、全員のことうっすら嫌いで生きてる

          ずっと思っててでも言っていい場所がなかったから言わなかったことをここで言ってしまうが、9番街レトロのYouTubeの字幕をつけている人、「(おそらく)知らないから聞き取れていない言葉」が多すぎると思う。気になる。本当に気になる。

          ずっと思っててでも言っていい場所がなかったから言わなかったことをここで言ってしまうが、9番街レトロのYouTubeの字幕をつけている人、「(おそらく)知らないから聞き取れていない言葉」が多すぎると思う。気になる。本当に気になる。

          PMSらしきものに振り回されているとき、本当に傷ついているのか傷つかされているのかの判断がつかない、などというのはどういうことなんですか?そうやって人を恨んだり傷つけ返してしまったりするかもしれないのに?という気持ちになる

          PMSらしきものに振り回されているとき、本当に傷ついているのか傷つかされているのかの判断がつかない、などというのはどういうことなんですか?そうやって人を恨んだり傷つけ返してしまったりするかもしれないのに?という気持ちになる

          散歩してるとき家の外観を見続けて住みて〜と思った家の賃貸情報を調べて内装が住みたすぎる家だったときめちゃくちゃテンション上がる。住まないのに。

          散歩してるとき家の外観を見続けて住みて〜と思った家の賃貸情報を調べて内装が住みたすぎる家だったときめちゃくちゃテンション上がる。住まないのに。

          わたしは演技っちゅうのは全然わからないのですけど、アンメットの川内先生の絶妙に語尾の上がるあの喋り方を俳優さんがキャラクターに合わせて0→1でやっているんだとしたらすげーーーと思う。三瓶先生の誠実で細かな頷きとかも。

          わたしは演技っちゅうのは全然わからないのですけど、アンメットの川内先生の絶妙に語尾の上がるあの喋り方を俳優さんがキャラクターに合わせて0→1でやっているんだとしたらすげーーーと思う。三瓶先生の誠実で細かな頷きとかも。

          まんまと桜を見に行った

          買ってしばらく置いていたほとんどのページが令和ロマンくんのお笑いブロスをぱらぱら読んでいたら、蓮見さんが「演劇はその日1日として記憶に残るものになっていかなければならない」みたいな話をしていて大学時代のことを思い出した。 演劇や映画の勉強をしていた。そういえばこの前の単独は大学時代のことを思い出すことが多くて、嫌な意味で言いたいわけじゃないんだけどなんか課題の発表の時間みたいな感覚になったときが何回かあった。これは同じところで同じことを学んだ人にしか共有できない感覚のような

          まんまと桜を見に行った

          引き出しの手前の方に、「引き出しの手前の方」とかいう言葉がある

          ちょっと前に一緒に仕事をしている人にちょっと怒られて、それについてわたしには「わかります、反省」という心と「いやでもそれはだってさ〜」という心が半分ずつあり、だから少し言い訳をしてしまって、そのこと自体は本音でもあったし伝えたことにも意味はあったと思いたくは思っているけど、でもやっぱり言い訳をしたことへの後悔が大きくてへこんだ。なぜすっきりと「はいすみません」と言えなかったのか、という己の未熟さへの後悔が大きくて下を向いていたら、怒ってきた人が「テンション下がった?ごめん」と

          引き出しの手前の方に、「引き出しの手前の方」とかいう言葉がある

          ながた

          ながたは大学時代の友人で、3つ年上の同期でした。仲良しでたくさん遊んでいたけれど、3つ年上な分なのか、人としての違いの話なのか、3年生になった頃かその途中かくらいにだんだんと生き方にずれが生じてあまり会わなくなって、卒業まで縁が切れてしまった人です。わたしは縁を切るのが得意で、というか、そういうことをしてしまうタチで、そのことも初めは共有できていたけれど、わたしがすぐに人と縁を切ってしまうこととかに向こうが腹を立て始めた頃から少しずつ瓦解していった気がします。その話をしていた

          喧嘩をすること、悲しい気持ち

          けんかってどうやってするんだっけか。なんか、よく考えたら、家族以外とけんかしたことってほとんどないかもしれないな。小さい頃は兄弟喧嘩していたし、親に文句も言える健全な家庭で育って、なんか多分叱られとかじゃなくてけんかも一応したことあると思う。けど、少なくとも高校生のときには「喧嘩ってどうやってするんだ?」と自覚的に思っていて、友だちに気持ちをぶつけてやり合うみたいなことをしなくはなっていた。優しい人間でありたいとは思っているけれど、それでもいろんな気持ちには一応なってはいて、

          喧嘩をすること、悲しい気持ち

          若いのにゴルフなんかするな

          職場、全員ゴルフをしている。同世代も全員ゴルフをしている。社内政治とかもあるにはあるのだろうが、接待ゴルフとかは一応ないらしいはずで、つまり彼ら彼女らはいくらかは好んでゴルフをしているのだ。 わたしはゴルフをしたことがない。多分この先もしない。やってみたら楽しいのかもしれないけれど、多分ずっとしないのでずっとその楽しさを知ることはない。 いま職場に蓮見翔が現れたら理屈抜きにしてめちゃくちゃ好きになっちゃうだろうなと思っている。あのくらい力強く「若いのにゴルフなんかするな」

          若いのにゴルフなんかするな

          500年前の光と距離

          映画が好きです。ずっと前から好きです。進路を「映画」で決めていたくらいには好きです。 きょうは久しぶりに映画を見ました。スクリーンの中の東京は本当にいいなと思いました。輝いて見える。本物は汚いけど、スクリーンの中の東京は汚くても心がぎゅっとなる良さがある。いつだってそこへ行きたくなってしまう。スクリーンの中へ収められると、大したことのない毎日がなんだか愛おしく見えてしまう。いまある生活が遠くへ行ってしまう。わたしの手のひらの中の毎日。映画は、それがどんな作品であれど映画だとい

          500年前の光と距離