見出し画像

【3.11から11年】飲んでよし、かけてよしの胃腸の名湯

前回に引き続き、自分の災害の記憶を思い起こすために、2011年の東日本大震災直後に執筆した原稿を紹介したい。新潮社のモバイルサイトに連載していたときのものである(2011年8月掲載)。

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *
2011年6月中旬、福島、宮城、岩手の温泉をめぐる旅に出た。4泊目の宿は、宮城県南部、蔵王連峰の中腹に位置する峩々(がが)温泉。明治9年に開湯した歴史ある名湯である。

宮城と山形を結ぶ蔵王エコーラインから、横道にそれた場所にある一軒宿で、まわりは山々に囲まれている。宿に到着したときも、周囲は深い霧に包まれていて、幻想的な雰囲気だった。「日本秘湯を守る会」の宿でもあるように、まさに「秘湯」の佇まいだ。

峩々温泉もまた、東日本大震災の影響をもろに受けた。建物に大きな損傷はなかったものの、電話や電気などが不通になり、約1カ月間の休業を余儀なくされた。主人は地震に揺られながら、「温泉が止まってしまうかも」と不安に駆られたが、無事にこんこんと湧き続ける源泉を見て、心底ほっとしたそうだ。

峩々温泉は、もともとは療養がメインの湯治宿だった。だが、時代の移ろいとともに、宿も近代化。旧館には湯治場の鄙びた雰囲気がかろうじて残り、日帰り入浴でも利用できるが、現在の宿泊は本館がメイン。山の斜面に沿って、3つの棟が連なっている。

玄関を入って驚くのは、そのモダンで洗練された雰囲気。フロント前にある「談話室」には、秘湯の宿とは思えないほどセンスの光るテーブルやイスが並び、本棚にはバラエティーに富んだ蔵書が収められている。山の宿では珍しくない暖炉も、オシャレなインテリアのような存在感を放っている。いずれにしても、湯治宿のじめっとしたイメージは微塵も感じられない、明るいフロントである。宿泊客の多くがカップルや女性グループであるのもうなずける。

一方で、温泉を重視する湯治文化を現代に継承しているのも、峩々温泉の魅力だ。談話室の片隅には、飲泉所があり、いつでも温泉を飲める。実は、峩々温泉は「日本三大胃腸病の名湯」として知られる。コップ一杯の温泉をごくごくと一気飲み。無味無臭の透明湯で、まったくクセがない。温泉の中には苦みや酸味が強烈な湯もあるが、これなら水代わりに気軽に飲めそうだ。

入浴は、宿泊者専用の大浴場を利用する。内湯はあつ湯とぬる湯の2つの湯船が並び、露天は男女別の湯船と混浴の岩風呂がつながっている。混浴の湯船は、視界が開けていて野趣あふれるつくりがよい。ちょうど中央に目隠しとなる大きな岩があるので、女性でも比較的抵抗なく入れるのではないだろうか。

僕のお気に入りは、木のぬくもりあふれる内湯。10人以上が入れそうなぬる湯の湯船には、透明で肌によさそうなしっとりとした湯が満たされている。湯船から湯があふれ出していないので、最初、湯を使い回す循環式ではないかと思ったが、それにしては入浴感がすこぶるよい。

あとでフロントで確認すると、浴槽の下部から古い湯とゴミが流れ出る「サイフォン式」なのだという。たしかに、湯船の上から湯を投入したら完全に混ざることなく、新しい湯がそのまま湯船の外にあふれ出す可能性が高い。そういう意味では、湯船の下から湯を流すのは、浴槽の湯の鮮度を保つすばらしい工夫である。

もうひとつのあつ湯の湯船では、峩々温泉伝統の入浴法「かけ湯」を体験できる。湯船のそばに横たわり、湯を胃や腸の部分にかけるのが峩々温泉流。幸いなことに他に入浴客がいなかったので、気がねなく床に横になり、腹に湯をかける。本来は100回繰り返すのが習わしらしいが、数回湯をかけては、じっと目をつむるのが最高に気持ちいい。うっかり眠ってしまいそうな心地よさだ。

温泉で胃と腸を刺激したせいだろうか、急激に空腹に襲われた。夕食は、地元の山の食材を活かしつつも、定番の旅館料理とは一線を画している。とくに、皮付き姫竹(根曲がり竹)の炭火焼きと、別注文の焼きソーセージの味は忘れられない。お酒もご飯も進む。

翌日、蔵王エコーラインを山形方面へと走り、パワースポットでもある「御釜」へ。蔵王連峰の最も標高の高いエリアにある火口湖で、色が変化して見えることから「五色沼」とも呼ばれる。霧がかかって見えないことも多いそうだが、この日は、はっきりとその神秘的な光景を拝むことができた。これもまた、温泉の効能だろうか。


サポートいただけたら大変ありがたいです。サポートは温泉めぐりの資金とさせていただきます。どうぞよろしくお願いいたします。