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【3.11から11年】源泉の中に浮かぶ究極の湯船

前回に引き続き、自分の災害の記憶を思い起こすために、2011年の東日本大震災直後に執筆した原稿を紹介したい。新潮社のモバイルサイトに連載していたときのものである(2011年8月掲載)。

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福島、宮城、岩手の温泉をめぐる旅。風評被害による観光客減に苦しむ温泉地を訪ねるのが目的である。

蔵王連峰の火口湖である御釜の神々しい姿を拝んだ僕は、山形方面へくねくねと山道を下っていった。目指すは、山形県の名湯・蔵王温泉。ちょっと寄り道になってしまうが、どうしても立ち寄っておきたい場所があった。

蔵王温泉は、蔵王連峰の西麓、標高880メートルに位置する山あいの温泉地。1950年に蔵王温泉と改称するまでは、「高湯温泉」と呼ばれ、現在も福島県の高湯温泉、山形県の白布(しらぶ)温泉とともに、「奥州三高湯」のひとつに数えられる。

蔵王温泉というと、スキーなどが盛んな山岳リゾートのイメージが強いかもしれない。しかし、温泉街の中心を歩いてみると、そこは湯街そのもの。温泉街の中心を流れる酢川に沿って数十軒の旅館や土産物屋が所狭しと立ち並んでいる。強烈に漂う硫黄の香りが温泉情緒をかき立ててくれる。

僕は、温泉地の良し悪しを見極める際、共同浴場があるかどうかを基準のひとつとしている。昔ながらの共同浴場が残る温泉地は、湯の質を大事に守り続けている傾向があるからだ。商売を優先してしまう温泉地は、利益に直結しない小さな共同浴場をつぶして、大きな入浴施設や観光施設をつくってしまうケースがある。

蔵王温泉には、現在も無人の共同浴場が存在する。「上湯」「下湯」「川原湯」の3湯が、徒歩数分の圏内に集中し、200円という安価で観光客も気軽に利用できる。リゾート地でありながらも、共同浴場を大事にする。そんなバランス感覚が、蔵王温泉の温泉情緒と湯の質を守っているのではないだろうか。

僕がこの旅でぜひとも立ち寄りたかったのが、「すのこの湯物語かわらや」という日帰り温泉施設だ。2011年の春にオープンしたばかりの新しい建物だが、実は、もともと「かわらや旅館」の名で営業する温泉宿だった。湯船の底から温泉が湧き出す足元湧出泉の浴室をもつことでも知られ、いつかは僕もゆっくりと宿泊して入浴したいと思っていた。

しかし、2010年3月に同旅館で火災が発生。死者やけが人こそ出なかったが、建物は全焼してしまった。「かわらや旅館の足元湧出泉に浸かりたい」という僕の願いは潰えたかと思われた。

ところが、旅の途中でうれしい情報が飛び込んできた。「かわらや旅館が、日帰り入浴施設としてリニューアルオープンした」。このニュースを聞き、蔵王温泉まで足を延ばしたわけだ。

真新しくなった建物は、旅館時代よりもコンパクトで宿泊もできない。でも、浴室は火事で燃える前と同じ場所に設けられた。すべて檜でつくられた浴室は、木のぬくもりがあふれる居心地のよい空間。なんと釘は一本も使っていない。旅館時代の写真と見比べると、湯船の位置関係や大きさは変わっていないようだ。

湯船は3~4人入るのが精いっぱいの小さなサイズだが、ミルク色の白濁湯がザバザバと湯船からあふれ出していくのを見れば、むしろ小さいほうがいいと思ってしまう。

源泉もそのまま。通常の足元湧出泉は、湯船に開けられた穴や割れ目から源泉が湧き出してくるケースが多いが、この湯船は底がすのこ状になっていて、湯船全体から湯が浸入してくるようなイメージだ。つまり、源泉の池の中に湯船が浮いているような感覚といえばよいだろうか。このようなスタイルの足元湧出泉は非常にめずらしい。

そんな極上の湯にのんびりと浸かりたいところだが、蔵王の湯は、高温なのが特徴。48℃の湯が直接湧き上がってくるので、かなりの熱さだ。しかも、日本有数の酸性泉でもある。刺激の強い湯なので、肌に湯が触れるだけでヒリヒリとした感覚に襲われる。たとえれば、パンチ力のあるヘビー級の湯で、長時間、浸かれば浸かるほど体力を消耗していく。

それでも、このすばらしい湯に浸かりたい。僕は、1分湯船に入っては、3分休むという動作を15回以上繰り返した。体は熱で真っ赤になり、尋常ではないほどに汗も噴き出したけれど、入浴後は心地よい達成感に満たされていた。


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