大人の階段の一段はちょっと高めだったという話
22歳。大学4年。
わずかながら世間というものを知り始め、大人の真似事ができるようになるそんな年頃だ。
昔から、大人の真似をしたがる子どもだった。
15歳、中学3年。この頃になるとだいぶ大人の世界が近くに思え始める。しかし、この頃は、まだまだ世間知らずで、危なっかしい。
16歳、高校1年。中学を卒業して、高校生になったときに、すっかり、大人になった気になる。
冷静になって振り返ると、どうしてそんなに向こう見ずだったのか。
ただそれは、ひとりで出来たことではなく、危なっかしいことをしたがる友だちがたくさん周りにいたから出来たことだ。
今思うと、僕らの頃は「時代」というのもあったのかもしれない。
いや、むしろ中学生や高校生なんてみんなそんなものだったのかもしれない。
ただ大学受験で、そんな大人への憧れは、一旦リセットされたような気がする。
19歳、大学1年の時は、先輩たちがすっかり大人に見えて、大人のふりをしたくても、まだまだ自分は子どもだという気持ちになった。
何をやっても先輩たちに追いつかないので、一旦、下級生のポジションにとどまるしかなかった。
幸い、その頃の先輩たちは、高校の悪友たちと違って、ちゃんと分別があり、「不良の真似事=大人のふり」ではなく、社会的に大人のふるまいをできる人達だったような気がする。
とはいえ、大学生になって、多少なりとも、社会が大人扱いをしていたような気がする。
学生時代は特別だったのかもしれない。
徐々に、大人の経験が増えていって、そのひとつひとつがうれしかった。
あらためて思い出してみると、その頃はそんなことばかり考えていたのだ。
卒研につけず、留年して、「一年中フリータイム」状態になった大学4年の僕は、とにかく、かねがね行ってみたかったところに、ひとりで片っ端から行くことにチャレンジしていた。
今日は前回の続き
屋台の話に続いて、今日は「ホテルのバー」の話。
大人が行く酒場。その代表のひとつが「バー」だと思った。
バーに行ってみたい。
本物のカクテルを飲んでみたい。
バーテンダーがシェーカーを振る所をみてみたい。
というわけで、「バーに行こう」と思い立ったのだが、まだインターネットがない時代、タウン誌はあったものの、バーがどこにあるのかわからない。
「そうだ、テレビで見たことがある。ホテルに行けばバーがある」
長崎には、有名かつ大きな観光ホテルがいくつもあった。
そのひとつが街の中心部にあった。
長崎の街の中心部は少し丘上になっていて、その頂上部に当たるところにそのホテルはあった。
そのホテルは「長崎グランドホテル」
長崎を代表する高級ホテルだったが、残念ながら今はもうない。
ベルボーイがいる玄関口を通り、エレベーターに乗って、最上階へ。
ここのバーはラウンジになっていて、広々としていた。
でも来たかったのは、バーカウンターだ。
案内係に案内されながら、カウンターに座る。
まず驚いた。
その素晴らしい空間は、今も鮮烈に記憶に残っている。
普通なら、ウィスキーやスピリッツのボトルがずらりと並んでいるはずのカウンターのバックは、右から左に一面窓ガラスになっていて、長崎の夜景が目の前に広がっているのだった。
なんという贅沢。
しかし、その景色を前に座っているのは、22歳の若造ひとり。
なんという場違い。
でも客観的に自分を想像する余裕などみじんもなく、ただひたすら感動していた。
「ご注文は?」
白いジャケットの大人のバーテンダーが声をかけてくれる。
注文はメニュー表を見た。
一応、来る前に勉強していたので、
メニューのなかから、マルガリータを見つけ、注文した。
白いジャケットの大人のバーテンダーが、さっそうとシェーカーを振っている。
そうこれを見たかったのだ。
実にカッコいい。
シェーカーからカクテルグラスに注がれたマルガリータをゆっくり飲みながら、じっと物思いにふけるふりをして、とにかく精一杯の大人のまねをして見せた。
ただ、こころには一切の余裕はない。
そこそこ時間を過ごしただろうか。なにしろ一人だ。バー初心者は間が持たない。
とりあえず、望みは達成できたところで席をたち、帰ることにした。
会計は出口近くの専用のレジ。
そこで伝票をだした。
メニューを見たので、金額はわかっている。
それほどリッチではないにしても、その時持ってこれるだけのお金は財布に入れてきた。
「〇〇円になります」と言われた金額を聞いて、頭に???が並ぶ。
「うん?そんな値段だっけ。少し多くないか」
しかし、そこで聞き返すような度胸はない。
度惑いながらも言われた通りのお金を払い、とりあえずバーを出た。
ホテルなので、立派な大きめのレシートをくれた。
エレベーターのなかで、そうっと金額を確かめてみると、
合計額の少し上に書かれていたのは、、、「サービス料 15%」
「そんなものがあるのかー」
社会勉強の実地研修だった。
「そうですか、勉強になりました」
ただ、ここのバーは、その金額にふさわしい場所だった。むしろ、もっと価値がある場所だった。
この話にはさらに続きがある。
もうどんなところかわかったので、その後も3~4回は通った。
そして、大学5年生になって、卒研に無事着いた年、僕は彼女ができた。
彼女ができた話はこれに書いた
それで、意気揚々と、どうだすごいところ知ってるだろうといわんばかりに、このバーに彼女を連れて行った。
今度は彼女と二人連れだ。だったら今度は前から座ってみたかったあのラウンジのゆったりとしたテーブル席に座ることにした。
低めの丸テーブル。ゆったりとくつろげるデザインのきいた布張りの椅子。
さらにまた大人の気分を堪能できた。
多分、二人で二杯ずつ飲んだと思う。
そして、会計。
もうわかっている。僕は知ってるよ。
15%加わって、これぐらいのはず。
余裕しゃくしゃくで、レジに行くと
あれっ?予想以上の金額
今までと違って、飲んだお酒も多いからそれは予想していたにもかかわらず、ちょっと狼狽していた。
「ちょっと多すぎやしないか」
がーんという気持ちだったが、そこは彼女の手前、涼しい顔をしてお金を払う。
幸い払えたものの、一気に財布の中は寂しくなった。
もとより、学生の財布の中なんて、そんなにリッチじゃない。
帰り道、
彼女に見えないようにレシートを見ると
そこにあったは、「テーブルチャージ」
それは、サービス料15%より、はるかに高い金額だった。
社会勉強第2弾。
社会というものはなかなか厳しいということを教えてもらった。
でも、大丈夫。
彼女を連れてちゃんとまたそのバーに行った。
今度は、きれいな夜景が見える感動のカウンターに座った。
はじめからこっちにすればよかったのだ。そのほうが始めから、彼女を喜ばせられたはず。
でも、僕にとっては、あの社会勉強はいい経験だった。
むしろそんな経験が大事なのだ。
だから今もこうして、話のネタにできる。
もういろんな人にこの話をしている。
「知ってる?ホテルのバーってところはね」
人生に無駄はない。