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映画『散り椿』レビュー/亡き妻がたくす、残酷で優しい願いごと。

 時は、享保。徳川8代将軍・吉宗が統治する時代。
 扇野藩には四天王と称される、4人の侍がいた。彼らは日々稽古に励み、共に剣術を磨いた。

 その四天王の一人、瓜生新兵衛(うりゅうしんべえ)は、藩内の金めぐりに不審な点を見つけ、同じく四天王である榊原采女(さかきばらうねめ)の父を糾弾。しかし真相は明かされぬまま、事態は突如、収束。立場の悪くなった新兵衛は人知れず、妻・篠(しの)と故郷を離れた。
 勘定方であった篠の兄・坂下源之助は、責任を問われ切腹。嫌疑をかけられた采女の父は、何者かに斬られた。殺害したのは新兵衛であるとの噂が、まことしやかに広まった。

そしてあれから、いくつもの季節が流れた。


 「もう一度、故郷の散り椿が見たい。」


 潜伏先で病に倒れた篠は、新兵衛に願う。「私の代わりに、散り椿を見てほしい」。新兵衛は亡くなった篠の約束を胸に、二度と帰らぬはずだった故郷に、もう一度足を踏み入れる。

 「なぜ篠を道連れにした。そしてなぜ一人で故郷に戻った。」

 采女は、きつい口調で新兵衛に問う。新兵衛の心の中では、篠と交わしたもう一つの約束が黒く渦巻いていた。

 ひとの優しさは、時に残酷なまでに胸に刺さることがある。篠の願いは、自らの死後、新兵衛が生きる糧になるようにと課したものだったが、新兵衛には酷すぎのだ、真の意味を知るまでは。


 これは恋と、権力に真っ向から立ち向かった男たちの物語。

 扇野藩は、史実の上では存在しない。歴史上の人物の名がひとりでもあげられれば、世界観に浸れるのだが、それは敵わなかった。とはいえ、江戸時代においては、財力が藩力につながるゆえ、勘定方による不正や権力者たちの暴挙がざらにあったであろうことはが”事実”として伝わってくる。映画のクライマックスで、新兵衛が家老・石田玄蕃に対し、怒りで声を震わせるシーンがある。不条理な時代を感じずにはいられない。

 しかし、本作で最も描きたかったのは、男女の“愛”ではないだろうか。身分の差で婚約叶わぬ悲恋はいくらでも語られてきたし、その当時、女性側に決定権がないことも知られている。

 篠は、采女を愛し、新兵衛に妥協したのか。
 新兵衛は篠の最愛の人になれることを、ずっと憧れながら、しかし一方で人の心は変えられないと諦めていたのだ。非常に胸が痛い。


 この映画の見せ場は、魅力的なキャスティングにあるといえよう。岡田准一と西島秀俊が対峙するだけで、卒倒しそうになる。

 また、殺陣のシーンも圧巻。遠巻きに撮影することで、一刀一刀の展開がよく見える。背筋が凍るような、心臓を絞られるような、心がざわつく殺陣をいくつも堪能できる。

 新兵衛が一人、稽古するシーンがある。空気がピンッと張りつめて、息もできない。岡田准一自身の、日々の鍛錬がうかがえる。
 また、新兵衛と采が散り椿の前で真剣を交えるシーンは、岡田准一の提案で、撮影当日に殺陣の演出が変わったという。岡田准一の「もっとよくなるはず」という飽くなき探究心と、当日の変更であっても「やりましょう」といえる西島秀俊のプロ意識があってこその成果である。木村大作監督も、二人の熱意に興奮したに違いない。
 なるほど、背を低くすれば、散り椿がよく映える。異様なまでに屈んだ新兵衛の構えが、美しかった。

 

 時代が流れるにつれて、体当たりの演出、全力投球の演技のというのが少なくなったように感じる。メソッド演技法を畏れ、平常心や見映えばかりを重視した結果であろう。昭和の映画のような、怪我をするか否か、ギリギリのラインでの熱い演技というものは、失われたに近い。
 “危険な演技”が必ずしも作品や共演者に良い影響ばかり与えるとは言えない。しかし俳優たちが日々演技について考え、撮影に臨み、妥協を許さず、こだわりが空回りしないことこそ、日本映画の復古にかかっているのではないだろうか。

 古きよき映画のテクニックを、どう後世に残していくかは、まだ課題として残るだろう。ハリウッド風に画面を細かに切り貼りするか、黒澤明監督や小津安二郎監督のような固定カメラで長回しするかは、その作品自体の作風に適していなければ意味がない。木村大作監督の中で、迷いが見えた気がした。
 とはいえ、できる限りロケを行い、セットの使用を控えたというから、画面が実に奥深い。これが、黒澤明監督にいかにして立ち向かうかの、彼なりの作戦だったに違いない。


 音楽については、残念であった。作曲家・加古隆が紡いだのは、かの有名なる『ゴッドファーザー』の旋律だった。主題曲が流れるたび、“愛のテーマ”になり得ないことに苛立ちさえ覚えた。誰もが知る曲であるのだから、本編で使われる前に誰かが指摘すべきであったと思う。


映画を鑑賞した後は、ぜひとも作家・葉室麟の原作小説を読みたい。もっとストーリーに、季節の流れと、ふくよかな人間関係を感じられるはずだ。


スタッフ:
原作 - 葉室麟『散り椿』
監督・撮影 - 木村大作
脚本 - 小泉堯史
音楽 - 加古隆

キャスト:
瓜生新兵衛 - 岡田准一
榊原采女 - 西島秀俊
坂下里美 - 黒木華
坂下藤吾 - 池松壮亮
瓜生篠 - 麻生久美子
篠原三右衛門 - 緒形直人
宇野十蔵 - 新井浩文
平山十五郎 - 柳楽優弥
篠原美鈴 - 芳根京子
坂下源之進 - 駿河太郎
千賀谷政家 - 渡辺大
田中屋惣兵衛 - 石橋蓮司
榊原滋野 - 富司純子
石田玄蕃 - 奥田瑛二





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くさか奏子
映画、海外旅行・国内旅行、グルメ、恋愛、ライフスタイルを得意とするライター。映画化脚本「優秀賞」受賞歴あり。キュレーションサイトでの編集経験あり。書く仕事探し中。日本酒に夢中。スペイン人と同棲2年目。