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「グレーゾーン」にモヤモヤした話


ちょっとだけ前の話になるが、9月24日(日)にABC テレビで放送された『Q-1 ~U-18が未来を変える★研究発表SHOW~』を観た。

それを観た後、なんだか無性にモヤモヤしてしまう私がいた。

さまざまな感情が複雑に入り混じったこの気持ちを、果たしてうまくまとめて伝えられるのかどうか、ちょっと自信がないんだけれど、いつものように思うままに書き綴ってみたい。


『Q-1』ってどんな番組?

未来・世界を変える“探究(QUEST)”に取り組むU-18たちが、その探究の中で見つけた課題に対して、自ら“問い(QUESTION)”を立てて考え、 “9”分間のプレゼンテーションにまとめて発表する大会「Q-1」。
全国公募で予選を勝ち抜いた4組の異才たちが登壇し、独自の研究発表する様子はまさに“知の甲子園”!

番組ホームページ(https://www.asahi.co.jp/q-1/)より引用

2022年に続いて、2回目の開催となる2023年大会の決勝戦が7月16日(日)に行われた。全国公募で23都府県から87チームのエントリーがあったなか、厳しい審査をくぐり抜け、勝ち残った4チームがお台場・日本科学未来館で熱いプレゼンバトルを繰り広げた。

2023年大会で最優秀イノベーターの栄冠に輝いたのは、福岡県・筑陽学園高校の春山夏菜絵さん、高校3年生。
プレゼンのテーマは「グレーゾーンからブルーゾーンへ」。
ADHD(注意欠如多動症)グレーゾーンの人々を支援するアプリの開発についての研究発表だった。

発表者である彼女自身も、ADHDグレーゾーンによる生きづらさを抱えているという。
福岡出身の子で、しかもADHDグレーゾーン。筑陽学園は私の友人が通っていた高校だし、読売ジャイアンツで活躍している長野久義選手の出身校でもある。

……ということで、一気に親近感が湧いた。

独学でプログラミングを習得し、自分と同じ思いをする人の助けになりたいとアプリの開発を開始。ADHDグレーゾーンの人たちの生きづらさを改善し、バリアフリーを目指すことが目標だという彼女。

「自分と同じ思いをする人の助けになりたい」という想いには、強く共感。
この若さで、自分の抱える困難ときちんと向き合って、誰かの役に立ちたいと行動を起こすパワー。純粋にすごいなと思った。

自分がこのくらいの年齢のときに発達障害があるとわかっていたら、私はどうしていただろう?
そんなことを考えずにはいられない。

私の特性から考えると、そうだな……。
やっぱり、何か書いてるだろうな。

遅かれ早かれ、発達障害のことはきっと書いてたと思う。
だって、こんなにもの書きゴコロを掻き立てられるネタ、書かずにいられるわけないでしょ!

これは私にしか書けない。誰にも同じものは書けないと思っているし、私だからこそ書けるのだから。


発達障害グレーゾーンとは

日本人の約7人に1人が「ADHDグレーゾーン」と言われているのだそうだ。
発達障害にグレーゾーンも含めれば、たぶんめちゃくちゃな数の人が、その特性を持っているということになる。

発達障害の診断が下れば、障害者手帳(正確には「精神障害者保健福祉手帳」)の取得ができて、自立支援医療の利用による医療費の助成が受けられる。他にも、交通機関の運賃の割引や住民税・所得税の控除などといったさまざまな支援サービスを受けることができる(※自治体により異なる)。

詳しくは、私の著書『アスペルガーな私のやらかし人生』と、過去の私のnoteに書いているので、ぜひ参照していただきたい。

小中学生であれば、特別支援学級の利用も可能になる。
18歳未満で知的障害をともなう発達障害であれば、療育手帳を取得できて、さまざまな支援サービスを受けられる。

しかし、グレーゾーンの人たちは診断が下りないために、こういった支援を受けることができないのだ。

発達障害の診断基準をひとつでも満たさなければ「グレーゾーン」と診断される。しかし、ときには発達障害のある人以上に生きづらさを抱えやすいとも言われるのが「グレーゾーン」の人たちなのである。

特性はとても重いのに、発達障害の診断基準を満たしていないために、診断がつかなくてつらい思いをしている人たちが、たくさんいるのだ。


審査員にはあの岡田尊司先生が!

プレゼン会場には、名だたる各界の有識者たちがズラリと勢揃い。
その豪華な審査員のなかには、発達障害界隈ではまず知らない人はいないであろう、あの岡田尊司先生もいらっしゃるではないか……!

岡田先生は、パーソナリティ障害研究の第一人者であり、発達障害やグレーゾーンについての著書も多数ある心療内科医だ。先生の著書は、私ももちろん数冊拝読させていただいた。

その岡田先生は、プレゼン後の質疑応答で「擬似ADHDの可能性」について指摘されていた。ADHD以外の障害が要因で、ADHDのような特性が現れることがあるのだという。そのため、要因分析がすごく大事だと仰っていた。

岡田先生の著書によると「大人のADHDの9割は誤診」らしい。
同じ発達障害のASD(自閉スペクトラム症)やLD(学習障害)の患者数に対して、ADHDのみが近年、急激に増えているんだそうだ。
大人になって急にADHDと診断されるなんてことは、まずありえないのに。

このような背景があったということもあり、第一人者である岡田先生の評価は、ちょっぴり厳しめだったかなと思う。だが、この研究に大きな期待感を持たれていたことは間違いない。

身近に広がるADHDの問題に、改善策を講じるだけでなく、社会として取り組める体制を整えていこうという大変大きな志をもった研究に思えました。ご自分のかかえている課題から、社会の多くの人の課題の改善につなげていこうという思いも純粋で、心動かされました。実際のアプリの中身が、まだ発展途上で、新鮮みに欠ける面はありましたし、グレーゾーンという問題を取り上げているにしては、問題の掘り下げが弱い気がしました。その点も含めて、さらに磨きをかければ、使えるアプリになるのではないかと期待します。

岡田尊司先生の講評
番組ホームページ(https://www.asahi.co.jp/q-1/)より引用

司会を務めた林修先生は、
「こういうことをちゃんと知らないことによって、苦しんでいらっしゃる方を無意識で傷つけている可能性もあるなということを大きく反省しましたんで、そういう機会を頂いて、どうもありがとうございました」
とコメントしていた。

そう、知ってもらうことにこそ、大きな意味があるのだ。
そういう意味でも、彼女のプレゼンは非常に意義のある、素晴らしいものだった。


なんだかモヤモヤする……

だが、この番組を観ていて、
なんとなく、、そう、
何かが私のなかで引っかかった。

番組中、プレゼンの内容も含めて、やたらと「グレーゾーン」と強調されていたこと。

そこが私のモヤモヤポイントだった。

『グレーゾーン』って要る???
そこ、区別する必要ある???

……と私は思った。

なんだか、
「確定診断されている発達障害者とはいっしょにしないでほしい」
と言われているような気さえした。

あるいは、
「確定診断されている発達障害者」に対する遠慮というか、忖度のような気持ちでもあるのだろうか?

感じかたは人それぞれだと思う。
私の考えすぎかもしれない。
だけど、私はこんなふうに感じた。
ただそれだけのことなので、どうか私の言葉に過剰に反応されないでいただきたいと思う。

私は、
「発達障害の確定診断はつかないけれど、診断がついている人と変わらないくらいにしんどさを抱えているのが、グレーゾーンの人たち」
という認識をずっと持っていた。

定型発達(健常者)とも、非定型発達(発達障害者)とも違う。
どちらともつかない曖昧な状態だから、グレーゾーン。
どちらにも当てはまらず、どちらにも合わせづらいから、きっとつらいんだろうな。そう思っていた。

たぶん、グレーゾーン診断された人って、こんなふうに2パターンに分かれるんじゃないかなと思うんだよね。

【パターン①】
グレーゾーンと診断されてホッとする人
(「軽くてよかった!」「発達障害じゃなくてよかった!」と思う人)

【パターン②】
グレーゾーンと診断されて納得がいかない人
(「そんなはずはない。自分はもっと重いはずだ!」と思う人)

誰だって、「障害者」になんてなりたくないと思うんだけども。
自ら「障害者」になりたがるような人も、たしかに一部存在する。

私の場合は、最初にQEEG検査(定量的脳波検査)を受けてグレーゾーンと診断されたときは、どっちかっていうと【パターン①】のほうだったなぁ。

仕事や日常生活にさほど支障がないのであれば(いや、支障はめっちゃあるんだけれども)、グレーでもなんでもいいと思ってた。とりあえず自分に「発達障害グレーゾーン」という診断がついたことで、ひとまずは安心できたっけ。
支障が大きくなっていくにつれて、次第に【パターン②】に傾いていったんだけどね。

これはあくまで私の主観なんだけれど、この番組で初めて彼女を見たとき、【パターン②】のほうの人なのかなぁ、と感じた。

しかし、「グレーゾーン」にこだわる彼女の言動を見ているうちに、【パターン①】の人なのかもしれない、と思った。

グレーゾーンだけど、こんなに生きづらいんです。
だけど、確定診断されている発達障害者とは違うんです。そこはいっしょにしないでください。

なんとなく、そんなふうに言われているような気がして、発達障害当事者である私たちとの間に大きな壁をつくられたような気がして、なんだか淋しかった。

誤解しないでほしい。これは決して批判ではない。
当事者としての、率直な感想だ。

生きづらさを抱えていてつらいのは、診断のあるなしにかかわらず、みんな同じじゃないの?

診断と、本人が感じている実際の症状の重さは、必ずしも一致しないし比例もしない。
診断がついているからといって、必ずしも症状が重いというわけではないし、診断がついていないからといって、決して症状が軽いわけでもない。

そもそも、、、

どんなに強い発達特性を持っていても、そのことで本人が困っていないのであれば、それは「発達障害」とは言わないのだから。

「障害」というものは、自分側ではなく、社会側に生じているものだ。

定型発達の人たち、いわゆる「普通」といわれる人たちが、
「普通ではない」といわれる非定型発達の私たちと区別するために「障害」という概念があるのではない。

「普通ではない」といわれる非定型発達の私たちが、
「普通」といわれる定型発達の人たちに近づこうと努力しても、できない。
そこには大きな壁が立ちはだかっている。
これこそが「障害」なのだ。

たまに、「障害」という表記について議論になったりすることがあるけれど、正直言って、そんなのはどうだっていいと思う。

「障害」だろうが「障がい」だろうが「障碍」だろうが、どんなに書きかたを変えたって、中身は何ひとつ変わらないのだから。

「障がい」とか「障碍」とかって表記するほうが、好ましくないイメージが余計に強調されるような気がして、なんとなく嫌らしい雰囲気がする。
なので私は、昔からなじみのある「障害」で別にいいやん、と思っている。

ADHDであることを公表されている書道家の武田双雲さんも、私と同じような意見をお持ちのようで、いたく共感してしまった。


つまり、私が言いたかったことは

またまた話があちこちに飛びまくってしまった……すまぬ。

結局、私が言いたかったことはなんだったのかというと、

こんなに素晴らしい研究なのに、もったいない。
『グレーゾーン』って要るかな???
そんな狭い枠、とっぱらっちゃえばいいのに。

診断がついてる人もついてない人も関係なく、生きづらさを抱えるたくさんの人たちが利用できるような、そんなサービスを生み出してほしいな。

……まとめると、こういうことだ。
しかし、ここにくるまで長かったな!

開発中のアプリについて、「来年の夏には実用化したい」と目をキラキラさせて語る彼女の姿がとても印象的だった。

「この研究を知ることによって、自分の個性はマイナスじゃなくて、絶対にプラスになるものだっていうことに、一人でも多くの人に気づいてほしい」

そう語っていた彼女。
その想いは、私もまったく同じだ。
彼女と私は、紛れもない同志だ。


この番組に興味のある方は、いまならまだ見逃し配信で視聴できるのでチェックしてみてほしい。ちなみに、U-NEXTなら完全版が視聴できるらしいよ。

私はこんな感想を持ったけれど、あなたはどんな感想を持つだろうか?
当事者の方には特に、ぜひ観ていただきたい番組だ。

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ソラノカナタ⭐️言葉をあやつるアーティスト
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