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家族を、しよう。

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さあ、今日は日曜日。
これを読んでいる日が、例え水曜日だとしても、いったん日曜日ということにしてください。
あなたには、4歳7ヶ月の息子がいます。もし、実際のこどもが2ヶ月だとしても、いったんそういうことにしてください。

そんなこんなで今日は、日曜日。仕事は、休み。7時くらいに起きましょうか。朝ごはんでも食べましょうか。トーストでも納豆ごはんでも大丈夫。今回の話に、それは大した問題じゃありません。すみません。前置きが長いのは、僕の悪い癖です。

朝ごはんを食べ終え、牛乳をグイッと飲み終えた息子がこっちを見ている。うん、いつも日曜日に見せるあの顔だ。「どこか連れてって」、息子の言いたいことはわかってる。わかってはいるけど、気づかないふりしてテレビをつける。ワイドナショーは、まだかな。だって、月曜日から金曜日まで、朝早くから夜遅くまで働いた。満員電車に揺られ、理不尽な上司の無茶振りに対応し、慢性的な肩こりと眼精疲労、軽い頭痛に耐え、やっと迎えた日曜日だ。少しでも、体を休めたい。月曜日に持ち越す疲労は、できるかぎり0に近い方がいい。※ちなみに土曜日は、息子は習い事をしています。

息子よ、すまん。日曜日は、またくる。来週にもあれば、再来週にもあるぞ。人生の7分の1は、日曜日。何も、もったいないことはない。お父さんは、疲れているのだ。

そして、終わる日曜日。
テレビやゲームを見てやって、なんてことのない1日が終わる。なんてことない日常こそ、幸せだ。文句も言わずスヤスヤと眠る息子の顔を見て、自分に言い聞かせる。


本当にそうか?


何十人、何百人規模で作られるテレビやゲームは、さぞかし楽しいだろう。時間を殺すには、不自由しない世の中だ。でも、息子が本当にしたかったのは?近所の公園でもいい、一緒に虫を捕まえに行きたかったんじゃないか?もちろん、海やディズニーランドにだって行きたかったはずだ。

待てよ、そもそも場所や目的じゃなくて、お父さんとお母さんと何かをしたかっただけかもしれない。ただ、「いる」だけじゃなく、一緒に「する」ことを求めていたのかもしれない。

将来、息子が今の自分の年くらいになって、子供時代を思い返す時、鮮明に蘇る記憶を、僕はどれだけつくってあげられるだろうか。ギュッとしたら、たった10日間くらいになったらどうしよう。


僕は今、そんなことを考えながら、週末を過ごしている。僕の息子は、まだ1歳だけど、今からしてやれることはきっとたくさんあるはずだ。アリに夢中な時は、立ち止まって一緒に見よう。水道から出る水に夢中になっている時は、若干の水道代のアップは目をつむろう。滑り台を100回したがっている時は、56回くらいまでは付き合おう。洗濯物が増えたとしても、砂場遊びは思いきりさせてやろう。

家族は、別々に何もしなくても家族だ。だけど、一緒に何かをする方が、よっぽど家族な気がするよ。どうしようもない状況は、もちろんある。大切なのは、今ある何気ない時間を、かけがえのない時間だと思えるかどうか。そりゃ、24時間は無理ですよ。でも、1分1秒でもいいからそんなことを考えつつ、家族をしたいと思います。


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