笹の葉狂想曲

 「わたしはここにいる。」
 この世界にきて早1ヵ月が過ぎた。特に何の進展もなく、ただただ日常を過ごしている。まるでわたしは何の影響もない人間だといわんばかりに。
 今は体育の授業中だ。授業とは言えど今日は講師が不在でほぼ自由時間みたいなものだが、生徒たちはまじめに陸上競技を行っている。わたしか?わたしはというとグラウンドに立って太陽に向かって手のひらをかざしている。
 「まっかにながれる、ぼくのちしお。」
 しばらく手を眺めていたが飽きてきたので次は木陰に行って草むしりをすることにする。
 木陰に行くとさすがに半そでブルマ姿では寒いかなという気持ちになる。
 流石ゼロ年代、昔は涼しかったなあと幼少期を思い返えす。

 ──ふと、寂しさを感じた。

 特に元いた場所に戻ってもいいことがあるわけではない。むしろ苦しいだけかと思っている。しかし、成人して一人暮らしをして得たあの自由な時間は、かけがえのないものだったようにも思えるのだ。
 「なまえ、なにをしているのですか。」
 一心不乱に草むしりをしていたら悩みの種が頭上から話しかけてきた。
 「家に帰るための方法を考えている。」
 「おや、あなたのように何も能力のない人間が、ですか?」
 この通り、古泉はクラスメイトやSOS団のメンツに対しての態度とはまるで違う。格下を相手にするような態度なのだ。こんなのと生活を共にしてみろ、心が亡くなっていく。
 「お前にはわからない。」
 「おや、僕にそのような口をきいてもよろしいのでしょうか。」
 「うるさい。あっちいってろ。」
 まるで反抗期の子供のように古泉にたてをつく。ついでに抜いた草っぱを投げてやる。


 はたから見れば痴話げんかのようにも見て取れる光景を、クラスメイト達は微笑ましく見ているのを二人はまだ知らない。

 彼女はグラウンドに立ち手のひらをかざしていた。空を見上げ、口を動かしている。しばらくすると隅にある木陰へと向かい、地面をつつきはじめた。観察しているとクラスメイトが話しかけてくる。
 「苗字さんとこ行かないのか?」
 どうやらこの観察を違う感情として捉えられているようだ。近くで観察している理由としては好条件かと思い、否定はしないでおく。
 「いいえ、おそらく僕が近づけば怒ってしまうので。」
 「古泉くんが行かなかったらもっと機嫌悪くしちゃうよ?」
 女子生徒が言う。そんなことはない。事実、僕が近づけば怒るが、近づかなければ特に何もなく僕自身を一瞥もせず過ごすこともある。ずっと見ていても気づかないのかともたまに苛立ったりするが、それで生活を送れるその神経が少しうらやましくも思う。
 「ほら、行ってあげたら?」
 背中を押され「仕方ないか。」と、彼女のもとへ向かう。

 「なまえ、なにをしているのですか。」
 一心不乱に草を抜くなまえの頭のてっぺんを覗きながら問う。
 「家に帰るための方法を考えている。」
 「おや、あなたのように何も能力のない人間が、ですか?」
 色のない声で答える彼女に、心の端でなにかモヤッとしたものが生まれた。その形容しがたい感情を彼女にぶつけるように、言葉が出てきた。傷つけたいわけでもないのに。
 そんな僕の口から発せられた言葉を聞いた彼女は今にも泣きだしそうだった。
 「お前にはわからない。」
 「おや、僕にそのような口をきいてもよろしいのでしょうか。」
 「うるさい。あっちいってろ。」
 抜いた草を投げてくる自暴自棄な彼女の姿に、ゾクゾクとした征服感を覚えた。
 危なげある思考に戸惑いを覚えながら、この時すでに彼女のことでいっぱいいっぱいだったのかもしれない。
 「ほら、草を抜いてばかりいないで体を動かしたほうがいいですよ。」
 土だらけになったなまえの手をとり、座り込んだ体を上へとひっぱりあげていく。


 そういえばいつの間にか名前で呼ばれている。
 おそらく親密感を出して常に監視していられる状況を作り出すためだろう。そしたらわたしも古泉のことを一樹と呼ぶべきなのではないだろうか。しかし、古泉は無理強いはしてこない。
 編入してからいろいろなことがあった。SOS団とやらに入れられそうになったり(というかほぼ入団扱いになっている気がするが)涼宮ハルヒの傍若無人ぶりに振り回されたりと、お世辞にも心休まるときというものはなかった。まあ、それはまた別のときに語るとしよう。
 考えていると帰りのホームルームが終わった。静かにしていたクラスメイト達が立ち上がったりざわざわとしだす。
 「なまえ、行きましょうか。」
 行くとは、どこに。
 「もちろん、部室にですよ。」
 わたしはどの部活にも所属した覚えはない。しかし、もし入部するとしたらそうだな、美術部が楽しそうだ。
 「あなたは所属していなくても、僕は行かなくてはならないので。」
 ああ、SOS団。考えが及んだ途端に苦虫を噛み潰したような顔になる。
 「そこまで嫌そうな顔をしなくてもいいじゃないですか。」
 あれ以来ハルヒが軽くトラウマなのだ。悪い子ではないが、少し度が過ぎた行動をする。
 「ですが、あなたが来てくれないと困るんですよ。」
 きっと初対面だったらこの顔には敵わなかっただろう。顔の良さは言いくるめの成功を補助する。
 「いつも通り、ボードゲームをして過ごすだけです。」
 本当にそうだろうか。疑わしき気持ちを胸に、足取り重く文芸部の扉を開いた。

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