底のほう

福岡の南の方で店長をしている人 生まれつきのおたく気質 HSS型HSPでADHD気味で…

底のほう

福岡の南の方で店長をしている人 生まれつきのおたく気質 HSS型HSPでADHD気味でMBTIはENFP 頭の中で溢れる言葉や愛を具現化しています

最近の記事

勝手ないきもの🟰おたく

推しに認知された件を書いてから note、かなり空いてしまった その後も何度か彼に会って 認知切れの恐怖からはひとまず逃れられている あの後、彼は私の居住地と職業を覚えていてまた驚いた 地元でのリリイベの際は推しのお誕生日を祝ったり プレゼントしたお洋服を着用してSNSに投稿してくれたりと 幸せな日々を過ごしています おたくは勝手な生き物だ 勝手に好きになって盛り上がって 勝手に失望して落ち込んで去っていく あーだこーだ文句いうくせに いざ推しが困っていても何もできない

    • 推しに認知されるということ

      底のほうと申します K-pop界隈でおたくをし始めて約2年が経ちました 今年の半ばには沼が増えすぎてどうしようと 悩んでいましたが、取捨選択苦渋の決断をしまくり 沼が3つまで減らせたのですが その、3つ目の沼が深かった 娘に突き落とされた沼だったのですが・・・ その推しが優秀すぎて・・・聞いて欲しいです 先日リリースイベントに娘と出かけて2日間参加 おばちゃん相手にとても優しく接してくれて 優しい可愛いかっこいい ミニライブ中ボード見てペンサめっちゃくれるやんいい子やん

      • 雨と晴れの境界

        ぼーっと空を見上げていたら 雨と晴れの境界線が見えた 自分はどっちに立つ? どっちが好きだろうか 見た目と雰囲気で晴れ側と思われることが多いが 私の中身は闇に覆われている 「気が遠くなるほど長い螺旋階段を登っていく途中で 僕は立ち止まり眠り込んでいた 足元には過ぎ去った時間の脱け殻がどうしようもなく絡みついて離れず 見上げると 遥かに遠い道のりに目がくらみ ただ途方に暮れて僕は眠り 世界が終わる夢をみていた」 大好きだった舞台の冒頭のセリフだ 自分の人生を表しているようでど

        • 彼らの国へ

          推しの国へ行った 一泊二日でソウルではなく釜山だが 彼らの国へ行った 昔訪れたのは22年くらい前 焼肉食べてアカスリして 革製品と洋服を買った思い出しかなかった あれから自分が大きく変わった 考え方もモノの見方も生き方も 円安ではあったが、物価の高さに驚き 国土の70%を山地が占めている為なのか 超高層のマンションが平地に沢山建っている光景は 田舎者の私から見たら大都会に見えたのですが 釜山で1番の海鮮市場の周りには ポケットから出した何か薬?を売るお年寄りや お店を

        勝手ないきもの🟰おたく

          活字浴

          私は活字中毒者 小さい頃から文字を読むことを欲し 新聞を始め家にある説明書や食品の裏の成分表示や 説明書きまでも読みあさっていました 大きくなると文庫本という素敵なものに出会い 移動や通学時や寝る前の習慣になりました 成長するにつれ本のジャンルが偏り始め 本格トリックの推理小説や血がしたたる ホラーなどに傾倒し読み漁る毎日を過ごしました 特に好きだったのは角川ホラー文庫 なんと今年で30周年だそうです おめでとうございます!! 創刊時を思い出すとこのジャンルで文庫で 書き下

          推しに会った時のこと 2023夏

          完全に私的な忘備録です すいません 第一弾 東京 夏の有明で王子様に会った日のこと 2推し🐧とのハイタッチが当選して会いに行きました 同じファンの方達と列に並びミニトークショーを見る 1推しも遠くに見えて幸せな2分間を過ごす ビニール手袋をして指輪、時計など危ないものを全て外して ワクワクしながら整列して順番を待つ 並んでいるのが全部同じ推しのファンなのが不思議でミラクル 順番が来てパーテーションの向こうには キラッキラで白くて内側から発光している推し🐧 名前を呼んでく

          推しに会った時のこと 2023夏

          推しに会うということ

          底のほうはおたくである、生粋のおたく 現在4グループに合計7人の推しがいる (改めて書くと多いな💧) 彼らの中には 人気がありすぎて年に1回か2回しか会えない推し 人気あるが年に何回も会える推し まだ会ったことのない推しがいる 会えるというのは私にはライブに行く事ではない ライブは見にいくもの 私とって会えるというのは実際に会う もしくはビデオ通話で 1対1でお話をする事である もちろん隣の国のアイドルなので 言葉は通じづらい 私の拙い外国語ではうまく意思の疎通がとれな

          推しに会うということ

          おたくの子はずっと

          底のほうは生まれつきのおたくである ずっとずっとおたくである 自覚したのは小さい頃だが、本格始動したのは高校生の頃 その時の推しは宝塚歌劇団 働き詰めだった母が穀潰しだった父と別れて 生活にも少し余裕ができたタイミングだったので 自由の身になった二人で沼に深く深く沈んだ 本拠地の通称ムラから東京、地方公演まで追い回し 海外公演に全日程全公演ついて行ったりした 母はその人のタニマチ会のようなものにも入り 二人で全力で彼女を応援した その熱は彼女の退団と共に燃え尽きた 次はあ

          おたくの子はずっと

          誕生日=母生日

          生まれて今日で49年が経った 母が母になって49年だ ママと呼んでいた母の呼び名は 今では、ばぁばになった 誕生日とは自分が生まれた日でもあり 自分を産んでくれた母の 母であることの誕生日でもある 母にお誕生日おめでとうと言われるたびに 恒例のように毎回、母になって〇〇年おめでとうと伝えている 自分も母になって20年と5ヶ月 出産の痛みを乗り越えて母になると その日が母1日目 それからは母は一生母なのである 子供が大きくなろうが 成人しようが 中年になろうが 先に亡くなろ

          誕生日=母生日

          底のほうってこんな人

          大人になれば結婚して子供を作ることが 普通だと思っていた昭和生まれの自分 20代前半にお客さんと店員として出会い なかなか別れられない男性と結婚 その先になにがあるかなんて考えもしなかった 私は子供の頃、住居を転々として育った 小学校は7校、中学校は2校経験した 高校はもう転校したくないと抵抗をして 初めて3年間入学から卒業まで通えた学校だった 理由は父 口ばかり達者で何かを始めては 上手くいかず壊し放置して逃げる 言い訳をしながらまた別の場所で始めるの繰り返し それに伴

          底のほうってこんな人

          底のほう

          おはようございます、こんにちは、こんばんは 底のほうと申します 生まれつきのおたくで おそらくADHD(注意欠陥)でHSS型HSP 福岡の南の方で店長をしています 文字を読んでいないと落ち着かず 子供の頃は意味もわからず新聞を隅々まで読み 説明書や薬の注意書きや成分表など 目に入る文字は全て読みたい子供でした 大人になると仕事を転々として現在はサービス業に従事中です noteを始めようと思ったのは 自分の頭の中を整理する・脳内に溢れ出てくる言葉たちを具現化したい そのよう