凍て空(創作掌編)


 ふと空を仰いだら一番星が輝いていた暮れ方。《空の染師》の仕事が始まる時間だ。地平線を染める橙に暗い紺色がじわりじわりと染み込んでいくのがなんとも幻想的である。

 《空の染師》の仕事は一日中続く、明け方になれば紺色に光を表現するように白色を染み込ませ、太陽の光をより明るく見せる。少し失敗すれば、色が淀み色斑残る曇り模様。なんとか元の色に戻そうと奮闘しても、にっちもさっちもいかなくなれば水でそれらを洗い流す。天気は雨模様、寒ければ凍って雪模様だ。乾きが悪いと風が吹いて、余分なものまで吹き飛ばす。天気は《空の染師》の腕前にかかっているのだ。

 しかし、この町の《空の染師》はどうやら最近調子が悪いと見える。寝ても覚めても曇り模様、ここのところは寒さが厳しい時節柄か牡丹雪が降る。懸命に空の色を戻そうとしているのだろう。時折薄曇の狭間から太陽や月、星の光が覗く。それはとても眩しかった。

 雪に閉じ込められた町は静かだった。ほとんど毎日降る雪に、人々はうんざりしていた。作物も育ちが悪く隣町に行って買おうにも、この天気だから足を向けることさえも困難。心身ともに疲弊した町は、まるで凍り付いたように人々の往来を少なくしていた。
 こんなことになったのは全て《空の染師》のせいだ、と、口にする輩もいた。《空の染師》本人もそれはよくよく理解していたので、なんとかして斑なく淀みなく染めようと奮闘する。しかし、繊細な作業が求められるこの作業。《空の染師》が肩肘を張れば張るほど上手く行くわけがない。少し調子がいいと一番星が見えるが、清々しいほどの蒼穹は見られない。
 人々の心は町の気色のように凍り付いて久しく、そこはいつしか《凍り付いた町》と呼ばれるようになった。





 過去、失敗続きで糾弾された《空の染師》が逃げ出して、永遠に青空が失われた町もあった。

 国の繁栄ともに人口が増え、新しい町が次々とできていた頃のことだ。当時、熟練の《空の染師》の人数が足りずに、まだまだ修行中の《空の染師》たちが町に派遣された。修行中といえども求められる仕事は同じ。色斑が曇り空に、流した水が雨になり、晴れ間は一向に見られないことに人々は怒った。堪らなくなった《空の染師》は逃げ出してしまったという。人々は《空の染師》が不在となった町を捨て、そこには曇り空に包まれた永遠の廃虚だけが残ったのだ。

 だからこの町で一番星を見つけた私は微かに笑った。
 ――この町の《空の染師》はまだ諦めていないようだな。それならばまだ、望みはある。

 「よく頑張ったな。これからは私も共に……」




 翌日の空は晴れ模様、色斑も淀みもない美しい蒼穹であった。きっと《空の染師》たちの尽力あってのものだろう。 
 

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