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父の遺品
父が11月18日に亡くなり、慌ただしくしておりました。
父とは、離れていた時間が殆どなので、実感がなく不思議な感覚です。
写真にお線香をたてたり、お茶を供えたりしていますが、生きているうちに
もっと出来たことがあっただろう、と悔いばかりが残ります。
ここ半年の父は生きる気力が薄かったようで、リハビリをすれば改善できると医師にも言われていたのに、リハビリすることを選びませんでした。
それよりも、先に逝った母や兄弟妹たちに会いたい気持ちが強かったのかな?と思います。
もっと生きられたハズなのに、と思う反面、父らしく自分で寿命も決めたようにも感じます。
気力や心は、本当に全てに起因しますね。
![](https://assets.st-note.com/img/1701594424725-yz27swkrpX.jpg?width=1200)
そんな父の遺品には、たくさんのネクタイとネクタイピンがありました。
わが父なのか?と疑うほどのネクタイや洋服の山。
華やかだった父を想像します。
ただ、残念なことに「これは嬉しい!」と思うお宝などはなく、笑 安物買いの銭失いだな、と感じるモノばかり。(ゴメン!)
一つだけでも良いネクタイピンなどあったなら
「形見が欲しい」と言ってくれた甥に綺麗にして渡せたのに。と、親孝行の一つもしなかった娘のくせに、父に恨み節がでてきてしまう訳なのです。(本当にゴメン!)
高価なものだけが良いとは、全く思いませんが、
気に入って?よく使っていたと記憶に残るものは謎の灰皿くらいで…。笑
![](https://assets.st-note.com/img/1701594587669-s0JuReMXeO.jpg?width=1200)
昭和の高度成長期の人なので、
とにかく「沢山持つ」ことが豊かさの象徴だったのかな。
そんなに安いものばかりでもなかったろうに、勧められるがまま購入したようなモノたちで。 結局、殆ど処分することになりました。
父にはモノよりも、生きる姿勢や良いDNAを頂いたと感謝しています。
モノの価値や意味を考える機会でした。
私自身は、お客様の気力や心の一助となるジュエリーをつくれたらと願います