ドルフロ考察③「デイ・アフター・コーラップス・イン・アメリカ」
ドルフロ考察その3は、前回の続きで北蘭島事件後のアメリカの置かれている状況から2060年代の世界情勢について考えてみたいと思います。
1.北アメリカ大陸の汚染状況
・1-1.北アメリカ大陸の汚染
北アメリカ大陸の汚染は、以下の二段階に分かれています。
①太平洋に落下したコーラップス容器が西海岸へ漂着し海岸線が汚染される
②米国企業が回収した容器が大都市で爆発し西部一帯が汚染される
まず①の北アメリカ西海岸に漂着したコーラップス容器により、アラスカのアンカレジから中南米のパナマ共和国までの海岸線が広範囲に汚染されました。これによりカナダはユーコン準州、ブリティッシュ・コロンビア州の2州。アメリカはワシントン州、オレゴン州、カリフォルニア州の3州とアラスカがイエローゾーン(汚染区)になります。この段階でもアメリカはシアトルやサンフランシスコ、ロサンゼルス、サンディエゴといった西海岸の主要都市を失いかなりの被害が出ています。
次に②で、西海岸に漂着した一部のコーラップス容器は米国企業(遺跡関連技術を研究していた企業)により回収され、ソルトレイクシティ(ユタ州)やフェニックス(アリゾナ州)などの大都市へと運び込まれました。これが実験や管理ミスにより爆発し、ソルトレイクシティを中心にした半径100マイル(160km)がレッドゾーン(重度汚染区)と化したのです。この爆発によりソルトレイクシティから約1500km離れたカンザスシティ(カンザス州)にまでイエローゾーンが拡大し、北アメリカ大陸の西半分が丸ごと汚染されてしまったです。
・1-2.アメリカ合衆国の汚染
アメリカは事態の収拾に当たったペンタゴン(米国防総省)の計画により、南はポート・アーサー(テキサス州)から北はカナダの都市ウィニペグまでを「新国境」とし、「隔離壁」を築いて大陸を東西に分断します。「隔離壁」とはゲームの第十一戦役に登場するこれですね。
この2300kmにも及ぶ長大な「壁」によって、アメリカは『安全なグリーンエリアである東側』と『イエローゾーンの西側』に隔てられました。西海岸の被害と合わせて汚染された地区は計18州、アメリカ50州のうち実に三分の一が失われたことになります。このようにアメリカの被害規模は爆心地である中国よりもさらに大きいのです。中国の汚染範囲は北蘭島から半径1000km程度であるのに対し、アメリカの汚染範囲はソルトレイクシティから半径1500km以上にも及んでいます。なぜこのような違いが生まれたのでしょうか?
その理由は「チヌーク」と呼ばれるアメリカ特有の気象現象が関係していると思われます。
「チヌーク(シヌーク)」とはロッキー山脈の東側に吹く局地風です。山の斜面に当たり上昇した風が、反対側では山から吹き下ろす乾燥した強風になる現象です(フェーン風)。この「チヌーク風」によりコーラップス粒子が運ばれ、ロッキー山脈の東側一帯に汚染が拡大したと考えれば、アメリカの被害が中国のそれよりも大きい理由が説明できます。
設定資料集vol.2によればソルトレイクシティで爆発が起きたのが2030年9月4日です。この段階で汚染は約600km離れたデンバー(コロラド州)まで及び、同年12月には約1500km離れたカンザスシティまで拡大しています。「チヌーク」は冬に吹く季節風でもあるので、秋から冬にかけて汚染が西部から大陸中央部へと時間と共に広がっていったのでしょう。設定資料vol.2には『中国は大陸西北部にシベリア高気圧が存在し、汚染範囲が当初の予測よりも小さくなった』と書かれているのですが、アメリカでは逆に気象条件が災いし汚染が拡大してしまった訳です。
参考:「山岳気象・フェーン現象」(筑波大学・計算科学研究センター・日下研究室)
・1-3.カナダの新国境はどこ?
カナダは前述の通り太平洋沿岸のユーコン準州とブリティッシュ・コロンビア州が汚染されています。そしてアメリカと同じく汚染エリアとグリーンエリアを別つ「新国境」が引かれました。
南はポート・アーサーから北はウィニペグまで、2300キロにもわたる「新国境」がアメリカとカナダの中央に引かれ、西海岸の生存者がグリーンゾーンに許可なく入れないようにした。(P.420「北蘭島事件調査報告」より)
このように設定資料vol.2には『カナダの中央に新国境を引いた』としか情報がなく、これだけではウィニペグからどこまで国境線を引いたのか判然としません。上の図の通り、ソルトレイクシティ爆発による汚染はカナダ中央部にまで及んでいる可能性が高く、またイエローゾーンの難民がカナダ北部を迂回してグリーンエリアに流入するのを防ぐためには、ウィニペグから北にも「新国境」が必要になります。
まず考えられるのは"A"の「アラスカ方面に向かって国境線を延ばす」案。この場合は汚染区を小さくできますが、距離がポート・アーサー=ウィニペグ間よりもさらに長大になり、汚染後のカナダ・アメリカの経済状況を考えるとあまり現実的ではなさそうです。
次に"B"の「ハドソン湾に向かって北へ国境線を伸ばす」案。これならば隔離壁の建造は最短距離ですみますが、穀倉地帯を抱える中部一帯を放棄することになり後で問題になりそうです。
最後に"C"の「ロッキー山脈に向かって西に国境線を伸ばす」案。カナダ中部の汚染状況にもよりますが、A案ほど距離が長過ぎず、B案のように穀倉地帯を失うこともないため一見すると利に叶っているように思えます。が、これでは『カナダの中央に新国境』という設定資料の表現と齟齬が大きく、また前述の「チヌーク風」により西海岸の汚染がロッキー山脈を越えてきた場合は対処できません。
よって、総合的に判断するとB案のように「ウィニペグ=ハドソン湾間にカナダ側の新国境を引いた」と考えるのが妥当でしょうか。いずれの場合もカナダはアメリカ・中国に次ぐ被害を受けており、2043年にはアメリカとの併合を受け入れ「カナダ・アメリカ合衆国」もしくは「北アメリカ合衆国」とで呼べる体制へ移行します。互いに国土を失った国家同士が、一つの大陸内で連合化することで生き残りを計ろうとしているのは「新ソビエト連邦」も同じですね。アフター・コーラップスの世界では、国力衰退からの地域統一運動が世界的な潮流となっているのかも知れません。
2.地政学でみるドルフロ世界のアメリカ
ここからは地政学的な視点からドルフロ世界のアメリカ、もとい「カナダ・アメリカ合衆国」について考察していきます。
・2-1.失われた「超大国」アメリカ
2020年現在、アメリカが世界最強の「超大国」であることに異論のある人間はいないと思います。アメリカが超大国に発展した理由は、この国が地政学的に有利な条件を備えていたからです。
①周辺に敵のいない孤立した「巨大な島」であること
②太平洋・大西洋どちらにも進出できる海岸線(シーパワー理論)
③「巨大な島=大陸」であるがゆえの広大な国土
地政学ではアメリカを「巨大な島」として捉えます。二つの大洋によりアジア・ヨーロッパ諸国から離れており、国境を接するカナダ・メキシコとは国力差が大きく周辺に敵が存在しません。敵に背後を突かれる恐れがなく、また二つの大洋へ進出できる東西の海岸線を備えていたことで海洋国家として大きく発展できたのです。地政学ではこうした内陸の国境問題を抱えず、海洋進出によって力をつけた国家を「シーパワー国家」と呼びます。
加えてアメリカは「巨大な島=大陸」国家でもあるので、広大な国土に豊富な資源と穀倉地帯を抱えています。つまりアメリカは「シーパワー国家」でありながら「ランドパワー(内陸国家)」の長所も備えているチート国家といえます。
これらの優位性によりアメリカは超大国へと成長した訳ですが、ドルフロ世界の「カナダ・アメリカ合衆国」ではそれが大きく損なわれているのです。
まずは①の「孤立した島」である利点ですが、周辺に外敵となる国家が存在しない代わりにコーラップス汚染によってELID感染症という内なる敵を抱えている状態です。上の図のように「孤立した島」であるが故に『ひとたび封じ込めに失敗すれば国土全てがELIDに飲み込まれてしまう』というプレッシャーにさらされています。さらに「新国境」により住民は『安全なグリーンエリアの居住者』と『危険なイエローゾーンの難民』とに二分され、2041年にはアメリカ内で大規模な「隔離壁反対運動」が起こるなど内部対立を招いています。「新国境」による長大な対ELID防衛線を維持するには莫大なコストがかかり、「敵のいない孤立した島」としての利点はほぼ失われていると考えていいでしょう。
また②の「二つの太洋に進出できる東西の海岸線」も、西海岸の汚染により太平洋への進出が困難になっています。パナマの汚染によりパナマ運河を使って西海岸へ抜けるルートも使えません。太平洋に進出するには昔ながらの南アメリカ大陸を回る「マゼラン海峡ルート」、アフリカ大陸を回る「喜望峰ルート」、または新たに「北極海ルート」を開発する必要があります。また環太平洋諸島の中継地(グアム・フィリピン・沖縄など)も汚染され、アメリカが100年以上かけて築いたアジア・太平洋の橋頭堡は水泡に帰しています。
そして③の「大陸であるがゆえの広大な国土」も、西半分が丸ごと汚染されています。特に大陸中央部の「グレートプレーンズ(アメリカ最大の穀倉地帯)」を失ったのは大きな痛手です。「グレートプレーンズ」の地下には豊富な天然資源(石油・石炭・天然ガス)も眠っているのですが、「自律人形」により産業をオートメーション化した新ソ連・中国とは違ってアメリカは「自律人形」を導入せず、グリーンエリア内でのみ産業を回す選択をしたので、これらイエローゾーン内の資源は採掘不能です。カナダ併合により減じた国土を補ったとしても、国力の衰退は避けられそうにありません。
これらの状況からもお察しの通り、汚染により地政学的優位性を失ったアメリカは、すでに「超大国」足りえる存在ではなくなっています。この状態のアメリカが、第三次世界大戦で「ユーラシアの覇者・新ソビエト連邦」に敗北するのは必然でしょう。かつての「超大国・アメリカ」とは異なり、2060年代の「カナダ・アメリカ合衆国」はそれなりの国力と軍事力を備えているだけの、ただの一国家に過ぎないのです。
・2-2.アメリカ人はコーンフレークばかり食べている?
最初の図に戻りますが、北アメリカ大陸の農業は主に中央部で小麦・大麦、東部では北部~中部が酪農とトウモロコシ、南部で綿花(コットンの原料)が生産されています。2010年代における世界の小麦生産量の約10%はカナダ・アメリカによるもので、輸出量では世界の4分の1をこの北米二ヶ国が占めています。
参考資料:「世界の小麦生産量と輸出量/日本の輸入量(農林水産省)」
世界有数の小麦生産地だった「グレートプレーンズ」の喪失は、アメリカのみならず世界の食料事情にも影響を及ぼす可能性が高いです。食生活への影響を想像すると、北蘭島事件後のアメリカでは小麦が市場から消え、パンやケーキがめったに食べられない……なんて状況になっているのかもしれません。その代わりトウモロコシや大豆、酪農などの生産は維持されているので、ドルフロ世界のアメリカではコーンフレークやポークビーンズが主食になっていそうです。
産業面に目を向けると、大陸棚には北米最大の海底油田である「グランドバンク(ハイバーニア油田・テラノヴァ油田)」がありますし、メキシコ湾の油田もありますからエネルギー事情は問題ないかもしれません。が、IT産業の中心地であったサンフランシスコの「シリコンバレー」ほか西海岸の大都市を失ったダメージは計り知れません。経済的にはもちろん、技術者の多くが犠牲になったことでテクノロジーの衰退なども心配です。
国力が衰退し「ハンバーガーを食べたくてもバンズ(小麦製品)がない!」といった状況に陥ったアメリカの取るべき道はひとつ――国内に代わり海外へ進出することです。
2030年、北蘭島事件によるコーラップス液拡散で、地球上で広大な土地が不毛の地と化した。(中略)国際情勢は保守主義、さらには植民地主義へと傾倒。東西ヨーロッパの両陣営は対立へと向かい、ラテンアメリカの自主独立運動はアメリカの無情な鎮圧を受けた。(P.422「理事会A4号決議 プロメテウス計画」より)
北蘭島事件後は各国が植民地主義に傾倒し、ヨーロッパはアフリカの再植民地化を進めるのですが、どうやらアメリカは南米への進出を図ったようなのです。設定資料vol.2によれば南米各国は2030年以降に「ラテンアメリカ連合」を結成するのですが、これがアメリカの弾圧により2038年に瓦解しています。
アメリカが南米に目をつけた理由ですが、これは南米各国の産業に注目すれば明らかです。前項2-2の参考資料「世界の小麦生産量と輸出量/日本の輸入量(農林水産省)」を見ても分かるように、南米には小麦の輸出量がウクライナに次いで高いアルゼンチンや、大豆の輸出量が世界一のブラジルなど農業大国が多いのです。(トウモロコシの輸出量は南米が世界の40%以上を占める)
つまり、アメリカは食べ物が欲しくて南米に干渉していった訳ですね。太平洋戦争時の日本は鉄や石油を求めて東南アジア進出を図っていますが、穀倉地帯を失ったアメリカにとっては何よりも食料を確保することが重要だったのでしょう。また、これは「ラテンアメリカ連合」というひとつの地域統一運動が「南北アメリカの統一」という、より大きな地域統一思想に上書きされてしまったとも捉えられます。
しかし、2030年代後半の南米政策でも国内の状況が好転しなかったのか、2041年に「分離壁反対運動」によってアメリカは分裂の危機に直面します。2043年の「カナダ併合」による「カナダ・アメリカ合衆国」化は、国家の分断を「南北アメリカの統一」という形で乗り越えようとした結果なのかもしれません。
・2-3.「シーパワー国家」アメリカの取る戦略とは?
地政学には「国家の行動原理は生き残りである」という原則があります。
そして「シーパワー国家」であるアメリカの生き残り戦略とは、「シーパワー(海上権力)を握った国が世界を制する」と唱えたアルフレッド・マハン(アメリカ地政学者)の「シーパワー理論」に基づく海洋進出です。
北蘭島事件後の5年間、西ヨーロッパは再び大陸島の中心となり、大西洋対岸のアメリカと環大西洋で覇権を争うようになった。(P.430「第一遺跡残骸調査チーム 90wish」より)
ドルフロ世界のアメリカも、やはり海洋進出による勢力拡大へと動いています。もとよりアメリカに代表される「シーパワー国家」とは海洋貿易と植民地政策によって力をつけた国々です。北蘭島事件により西海岸を失ったアメリカが、残る東海岸から大西洋側へと目を向けるのは当然といえます。
2035年の「オーロラ事件」を切っ掛けにヨーロッパが弱体化すると、アメリカはさらなる勢力拡大のため2043年からバハマに干渉し始めます。
バハマをはじめとした環大西洋諸島は南米ルートの中継地であると同時に、大西洋を渡ったヨーロッパ・アフリカへの足掛かりとなります。ここから「南北アメリカの統一」を果たしたアメリカが、「シーパワー理論」に基づいて再び海の覇権――すなわち「大西洋圏の統一」といった巨大な地域統一思想に突き動かされていったのではないかと推測できるのです。
前述の「シーパワー理論」は、「海洋国家であるアメリカが発展するにはアジアへの海洋進出が不可欠だ」とするマハンの主張が基になっていますが、西海岸の喪失でアジア進出が事実上不可能になった「カナダ・アメリカ合衆国」は、代わりに大西洋でのシーパワーを強化しようと考えた訳ですね。
・2-4.アメリカの「大西洋統一思想」が世界大戦を招いた?
こうしたアメリカの姿勢は反発を呼び、前後して起こった「第二次アルジェリア戦争(2039)」・「ウクライナ内戦(2042)」に絡んで2044年に三大理事国が相次いで脱退したことで国連が崩壊してしまいます。
*国連常任理事国はアメリカ・イギリス・フランス・ロシア・中国(2020年現在)ですが、この時に脱退したのはアメリカ・フランス・新ソ連でしょうか。(アルジェリアは旧フランス領で、ウクライナ内戦はEU対新ソ連の代理戦争であるため)
これにより世界は三度目の大戦へと続く坂路を転がり落ちてゆく訳ですが、これは見方によっては「アメリカ」と「新ソ連」による異なる二つの地域統一思想の争いだったのかもしれません。
こうして地図を眺めると、東アジア・太平洋の汚染によりアジア進出が不可能になったアメリカが大西洋側に勢力を拡大し、背後を警戒する必要のなくなった新ソ連はユーラシア西部へ勢力を拡大していったことが理解できると思います。東へ進むアメリカと西へ進むロシアの中間にあるのは、「オーロラ事件」により内情不安に陥っていたヨーロッパです。
つまり、シーパワー国家であるアメリカの掲げる「大西洋統一思想」とランドパワー国家である新ソ連の掲げる「ユーラシア統一思想」とが衝突した結果、両者に挟まれたヨーロッパを舞台に「第三次世界大戦」が勃発したとも考えられるのです。第三次世界大戦の直接の切っ掛けとなったのは2044年11月に起こった「ドイツ内戦」ですが、より巨視的に世界情勢の変化を俯瞰すると、こういった別の側面も見えてくるのが地政学の面白いところですね。
「ドイツ内戦」により武装蜂起した東ドイツを支援するため「新ソ連軍」は2044年12月にポーランドに上陸し、ベルリンへ進攻しました。それに遅れる形で「アメリカ軍」は2047年に西ヨーロッパに上陸し、ベルリンを目指して進撃を開始します。これにより米ソ両軍による「第三次世界大戦」のターニング・ポイントとなる戦い――「ドイツ戦線」の火蓋が切って落とされるのです。
* * *
アメリカと新ソ連――ヨーロッパで激突した「シーパワー国家」と「ランドパワー国家」の勝敗を分けたのは、「軍用自律人形」という全く新しい兵器の存在でした。第三次世界大戦で人類が初めて経験した「ドールズ・フロントライン(人形による戦場)」とは、一体どんな戦いだったのか――。
……と、いう訳で次回はヨーロッパ編をやる前に、ちょっとゲームの主役である「戦術人形」や「自律人形」についてまとめてみたいと思います。
IWS2000(大丈夫でしょうか……?)
※この記事で使用している地図素材は以下のサイトからお借りしています。