§2 楽典とは お箏を弾く人のための「初めての楽典」
第2回 「楽典」とは
この連載には「お箏を弾く人のための『初めての楽典』」というタイトルをつけましたが、それでは「楽典」とはいったい何なのでしょう。
「楽典」とは音楽を学ぶ基本の中で主に「楽譜」について勉強するものです。「楽譜」の読み方や書き方、「楽譜」からどのような情報を読み取ることができるのかを学びます。「楽典」を学ぶことによって音楽をする人たちが同じ理解のうえで話し合う、語り合うことができるようになります。
しかし、「楽典」の勉強を始めるには少なくともある程度は「五線譜」を読むことができなくてはなりません。小さい頃からピアノを始めた子供が中学生になって、将来音楽を専門的に学ぶ道へ進むことを考え始めたら「楽典」を勉強する、おおそよそのようなイメージです。音楽を専門とする道へ進むのでなければ楽典に寄り道しなくても楽しくピアノを続けてくことができます。
では、お箏を弾く人たちは「楽典」を学ぶ必要があるのでしょうか。
この答えは明白です。「古典箏曲」を深く学び技量を磨くときには西洋音楽の「楽典」はまったく不要です。乱暴に言えば無用です。勉強の妨げになる可能性さえあります。しかし、明治新曲以降、つまり宮城道雄や中能島欣一の作品やそれ以降の現代箏曲を演奏するなら「楽典」の基本を学んでみてはいかがでしょうか。なぜならこれらの新しい箏曲は西洋音楽の影響をはっきりと受けて生まれているからです。ましてや十七絃・二十一絃・二十五絃などの多絃箏で五線譜に書かれた音楽を演奏するならば「楽典」を知ることでより深く音楽を理解できるようになるでしょう。
もちろん楽典を学ぶことなくお箏を楽しく演奏していても良いのです。あなたの先生がおさらいしている曲に必要な技術や知識についてはお稽古を通じて教えてくださっているはずです。しかし、もし「五段砧」をおさらいして演奏することができるくらいの技量に達したら、いちど楽典の勉強に挑戦してみても良いかもしれません。
ところで、日本の五音音階で作曲された新曲・現代曲を勉強するときには西洋音楽の「楽典」の全てが有用であるということでもなく、日本音楽を理解するために必要なことが抜けていたりもします。
この連載は学校の音楽の授業で楽譜を見ながら歌ったりリコーダーを吹いたりという五線譜経験のある方に、お箏を弾くときに必要な「楽典」の基礎を知っていただくためのものです。特に、日本音階の音やいろいろな調絃の正体を理解するところから始めていきます。
さて、「楽典」の勉強ですから、頭を音楽モードに切り替えましょう。
まずは音符を歌ってみます。音楽の授業や合唱クラブの発声練習でお馴染みの「ド・ミ・ソ・ミ・ド」を歌ってみましょう。半音ずつどんどん高くしていきます。大きな声を出さずに鼻歌程度、または息を吐きながら頭の中で歌ってみるだけでも構いません。
どうでしたか。一緒に口ずさむことが出来ましたか。この<ド・ミ・ソ・ミ・ド>を歌えれば大丈夫。「初めての楽典」を続けていきましょう。
それにしてもいま歌っていて、なにか違和感がありませんか。
いちばん最初の「ド・ミ・ソ・ミ・ド」を五線譜で見てみましょう。
これをピアノの鍵盤で弾くときは
この三つの鍵盤をたたきます。そしてこの三つの鍵盤から出る音を歌いました。これは「ド・ミ・ソ・ミ・ド」です。
ふたつめの「ド・ミ・ソ・ミ・ド」は
ピアノでは
これは「ド・ミ・ソ・ミ・ド」ではありません。鍵盤どおりに歌うなら「レのフラット・ファ・ラのフラット・ファ・レのフラット」と歌わなくてならないのではありませんか。
3番目も確認しましょう。
鍵盤は
これも「ド・ミ・ソ・ミ・ド」ではありません。鍵盤の音を歌うなら「レ・ファのシャープ・ラ・ファのシャープ・レ」となるはずです。
それでは先ほどの「ド・ミ・ソ・ミ・ド」の歌い始めを正しく直して書いてみましょう。
「ド・ミ・ソ・ミ・ド」→
「レのフラット・ファ・ラのフラット・ファ・レのフラット」→
「レ・ファのシャープ・ラ・ファのシャープ・レ」
これでは音に合わせてはとても歌えません!
次回は「レのフラット・ファ・ラのフラット・ファ・レのフラット」や「レ・ファのシャープ・ラ・ファのシャープ・レ」をどうして「ド・ミ・ソ・ミ・ド」と歌うのかを考えてみましょう。