晴れた日の自習室って、よいよね。
洋司は区のコミュニティセンターへ車を走らせる。助手席には今年で小学校4年生になった長男の孝が外を眺めている。外は晴れ。夏前の心地よい風が車内に吹き込んでくる。
コミュニティセンターは区が管理している大型の施設で、最近、自習室ができた。孝はサッカーの強い学校に行くため、早々に中学受験を決意。今は土曜日と日曜日の午前中は洋司と共に自習室で勉強をしている。
洋司にとっても土日の午前中は貴重な時間だ。コミュニティセンターはジムが併設されていて、孝の勉強中はジムで汗を流すことができる。運動不足で、平日もなかなか定時で帰れない洋司にとってはありがたい。何より、子供と数少ない会話ができる時間である。
自習室に到着。孝をおいてジムに向かう。今日は胸の日だ。洋司は特に体育会系というわけではないが、40を超え体調管理が若い時のようにはいかない。適度な睡眠と運動、バランスのよい食事を意識的にしないとどうも調子がよくない。
今日のジムは空いている。区のジムなのであまり器具は多くない。人気のあるベンチプレスなんかは順番待ちも多い。今日はすんなり使うことができた。
筋トレはいい。仕事の憂鬱が今だけは吹き飛ぶ。体を追い込んでいる時だけ、日々のことを忘れられる。洋司は現在、大きなプロジェクトを任されている。社運をかけた、は言い過ぎだが、少なくても去年から今年にかけて社内全体を見渡しても最も大きな金額の取引であることは間違いないだろう。そんなプロジェクトが金曜日の16時にトラブった。しかも全体スケジュールを揺るがしかねない大トラブル。リーダーの洋司の電話はなりやまない。深夜まで働きなんとか鎮火したが、まだまだ残り火の始末がある。土日はクライアントが閉まるため、いったんは休むことが出来たが、月曜が憂鬱で仕方ない。
一心不乱に重りを上げる。憂鬱から逃げるように高く。
心地よい疲れを感じながら孝の待つ自習室へ戻る。
送った時は孝一人だったが、今は何席か埋まっている。みんな家族連れだ。子供は孝と同じくらいだろうか。4年生から5年生くらいが目立つ。孝の座っているエリアは私語OKで、分からないところを親が教えるためこっちに座っているんだろう。
「みんな同じだな」とぼんやり見渡す。
洋司は浪人だ。現役時代は思った大学に受からず、1年間の浪人を決意。親に無理を言って浪人生活をしていた。
浪人時代は朝8時半から20時半まで。毎日、予備校の自習室に通った。
「みんな同じだな」
自習室には不思議な一体感がある。目的が何であれ、勉強する・読書する。
普通なら土日は休めばいい。ゆっくり寝たっていいし、ゲームしたっていいし、なんだったら酒のんだっていい。今日みたいな晴れた日はなおさらだ。わざわざ室内にこもっているなんて。
それでも。わざわざ重い腰を上げて自習室に集まる。
浪人時代の経験があるからだろうか。洋司は自習室の空気が好きだ。バラバラのみんなが同じ行為をしている。脇芽もふらず。
奥に座っている親子は6年生だろうか。他の家族よりも真剣だ。親も真剣にプリントを見つめている。
手前の親子は孝と同年代だろうか。洋司が戻った時は休憩中なのか、子供がスマホゲームをしてる。親は丸付けをしながら、たまにスマホを見つめて指を指しながらアドバイスをしている。
孝はというと、相変わらず姿勢が悪い。つい寝そべったような姿勢で勉強をしてしまうのが孝の悪い癖だ。しかしそれでも算数は全国模試でもトップクラス。我が子ながらこの年齢でよく集中できるなと関心する。孝は意思が強く、近くに問題の答えがあっても見ようとしないで自ら目の届かない場所に隠しに行く。洋司なら絶対カンニングしてるのに。「誰に似たんだろうな」苦笑しながら息子を見つめる。
日曜日午前の自習室。緊張感と、心地よい日差しと。不思議な一体感。晴れた日の自習室がやっぱり好きだ。
30代サラリーマン2児の子持ち。某メディアで勤続10年あまり。写真と本と日々思いついたことを書いていきます。カメラはa7iii。下手の横好き。贔屓チームはヤクルト。