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35歳「だったかもしれない人生」 【連続小説7日目】

立花務は今年35歳。転職市場では35歳の壁という言葉がある。35歳を過ぎたら求人が一気に減るということだ。

務は新卒で今の会社に就職した。転職も休職もせず、真面目に勤めてた。営業としてトップではないが、だいたいランキングで上位3割くらいには常に入っている。

いい意味でも悪い意味でも目立たず堅実。派手な女遊びもギャンブルもしない。子供は2人授かった。今の若い子たちから見ると家庭を犠牲にして、家に帰らず日々接待やゴルフに邁進しているトップセールスマンより、務のような人間のほうがロールモデルとして魅力的に映るらしい。部下の20代30代からも慕われており、実力以上に社内では評価されている。なんの不満もない理想的なサラリーマンだ。

はたから見れば。

もちろん、務はそんな自分が嫌いだった。曲がりなりにも新卒で大手証券会社に入れたんだ。バリバリにやって、いつか外資金融にいって…なんて未来を夢見ていた。

現実はそうはならなかった。

子供と妻の体調もこともあり、20代後半から30代前半でのハードワークができなかった。その分、同期においていかれた。

後悔はない。家族が一番大切。戻っても同じ選択をするだろう。

でも…

毎日、遅くまで残業して、飲み屋で熱く仕事について語って、ゴルフでクライアント接待。日々の営業売上で一喜一憂。

そんな仲間が羨ましかった。

ある初夏の日。お台場近くの公園で水遊びができると聞き、小学生の子供と一緒に出かけた。


ほんのり汗ばむ暑さの中、スーツ姿の男性2人組を見かける。新人と先輩といった感じか。商談がうまくいったのだろう。笑顔でコンビニのアイスコーヒー片手に歩いている。

「休日に仕事か。ご苦労さま」

先日、会社の後輩がやめた。口下手ではじめは営業なんて大丈夫か?と思っていたが、人一倍の努力で好成績を収め、さらなるステップアップを目指すらしい。

全力では走りきれなかった自分。
今まさに走っている人。
走りきって次のステージに行く人。

子供と手を握りながら公園に向かう。


後悔はない。汗を拭った。目当ての公園では既に別の家族連れが遊んでいる。

「これでよかったんだよ」

村上春樹だったか、それを引用した東浩紀だったか。
人は35歳が折り返し地点。
今の人生の総量が、「だったかもしれない人生」の総量を超えた。
「だったかもしれない人生」が見えてしまう。

務の人生も誰かの「だっったかもしれない人生」なのだろう。

30代サラリーマン2児の子持ち。某メディアで勤続10年あまり。写真と本と日々思いついたことを書いていきます。カメラはa7iii。下手の横好き。贔屓チームはヤクルト。