ナカガワ

嘘吐きの日に生まれた可愛い私

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芸大生没落日記(3)

2023年5月。私は立派にフリーターとなってバイトと練習室を行き来する日々を送っていた。 大学院に進学する以外に選択肢はなかったので、とりあえず院試で使えそうな曲を探しつつ、好きでもない宗教曲や歌曲を適当に練習した。 この頃の私には歌うということに何の情熱もなく、好きな曲もなく、歌いたい歌もなく、ただ音楽は辞められないという我執だけで日課をこなしていた。親友はもうすぐドイツに行ってしまうし、仲が良かった先輩はオーディションで急にすごい舞台の主役を取ってしまった。 惨めで情けな

    • 芸大生没落日記(2)

      専攻の新歓でトトロのメイちゃんの物真似を披露した時、何人かの先輩方から「憑依型だ」と講評をいただいたのだが、私は確かにそっち側の人間なのだと思う。 憑依、没入、人前での演奏はいつもそういう感覚を伴うし、私はその現実離れした精神状態がとても心地よくて大好きだった。 2023年3月。学部の卒業間近にして私はまだ幾つかの本番を抱えていたが、この頃の私には音楽というものがまるで分からなくなっており、無数の音の繋がりに対して何も感じなくなっていた。 無気力、無関心、無感動。この状態を

      • 芸大生没落日記(1)

        当たってほしくない、嫌な予感というのは当たるものである。 熱があるような気がする。寒い気がする。身体が痛いような気がする。 まずいかも知れない。駄目かも知れない。 それは大学院入試の前夜だった。 少し疲れが出ただけで、緊張しているだけで、しっかり寝たら体調は元に戻るはずだと何度も何度も自分に言い聞かせ、嫌いなお風呂もさっさと済ませて布団に入った。 怠いとかおでこが熱いとか、そういうことを口に出してはいけないと思った。 口に出したら本当にそうなってしまうような気がした。 明日

        • 築50年の私のお城

          前略 亡き祖父母の家で一人暮らしをすることになった。 築50年。ぼろぼろの2階建てである。 2月末に家を出る決心をし、3月に母と話し、5月の連休明けに引っ越すこととなった。 母方の実家。祖母は私が中学1年の時に他界し、祖父は去年、大学3年の梅雨に入る前に亡くなった。 教育実習の途中であった。3週目の、もう実習の終わりが見えてくる月曜日の朝、祖父は病院のベッドで一人息を引き取った。 最後に祖父と会ったのは、祖父の転院の日だった。冬の終わりの、空気のまだ冷たい頃だったと思う。

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        • 芸大生没落日記
          3本