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【シリーズ「あいだで考える」】いちむらみさこ 『ホームレスでいること――見えるものと見えないもののあいだ』の「はじめに」を公開します

2023年4月、創元社は、10代以上すべての人のための新しい人文書のシリーズ「あいだで考える」を創刊いたしました(特設サイトはこちら)。

シリーズの8冊目は、
いちむらみさこ『ホームレスでいること——見えるものと見えないもののあいだ』
です(8月27日頃発売予定、書店にてご予約受付中)。
刊行に先立ち、「はじめに」の原稿を公開いたします。

いちむらみさこさんは、2003年に東京都内の公園にテントをたてて住み始め、もう20年以上、ホームレスと呼ばれる暮らしをしています。
日本では(特に東京などの大都市では)街の再開発や整備・管理が進み、ホームレスの生きられる場は年々減っています。しかし、福祉などの「支援」や、職と住居を探しての「社会復帰」などでは、どういうふうに暮らすかを制限され、あるべきとされる生き方の型を強いられることも多く、それではどうにも生きられない、ならば公園や路上で生きていたい/生きるしかないというホームレスの人々も一定数います。
いちむらさんは、公園のブルーテント村や路上で、ほかのホームレスたちと力を貸しあい、自分たちの力で共に生きる場をつくってきました。本書では、公園や路上での生活や、ホームレス女性の集まり「ノラ」などの営み、再開発やオリンピック開催などに伴う街の変化とホームレスの追い出し、ホームレスへの襲撃などを伝えます(下の目次をごらんください)。
現代社会の風景の「見えているもの」に重なって、「見えているのに見えないことにされているもの」「隠されているもの」「消されたもの」がある。いちむらさんはその「あいだ」に働いている力、そこで起こっていること、そこに生きている人々について語り、想像力を働かせることを読み手に促します。それは読者にとって、自分自身の生き方や考え方を見つめ直し、ひいては、見えなくなってしまった自らの「自由」に気づくきっかけとなるかもしれません。

装画・本文イラストは著者自身が、装丁・レイアウトは矢萩多聞さん(シリーズ共通)が担当。いちむらさんの絵は、ホームレスの人々が暮らす場所をホームレス自身の視点から描き、ふだんは気づかない世界の広がりと彩り、そこに生きる感触を伝えてくれます。

現在、8月27日頃の発売に向けて鋭意制作中です。まずは以下の「はじめに」をお読みいただき、『ホームレスでいること』へのひとつめの扉をひらいていただければ幸いです。


 

はじめに


「ホームレス」と聞いてどのように感じるだろうか。イメージできない、未知の世界だと思うかもしれない。そもそも自分とは関係ない? ホームレスという言葉はよく聞いても、その暮らしについてはあまり知られていないのではないか。
 なぜ家を出てホームレスの暮らしをしているのか? この質問をわたしは何度も投げかけられる。これに答えるのは難しい。家を出る前のいやなことや苦しかったおくの中から、さてどれを選ぼうか、とあれこれ思いださなければならないからだ。
 そこでわたしはこう答えるようにしている。こっちの生活のほうが可能性があるからだ、と。ホームレスの暮らしがユートピアなわけではなく、嫌なこともたくさん起こるけど、なんというか、ホームレスでいることで、大事なものを手放さなくていいような気がするのだ。
 つまりわたしにとっては、ホームレスでいることがホームのようなこと。
 ほかのホームレスは、しかたなくホームレスになっているけど、あなたはホームレスでいることを選んだのではないの?という質問も多い。そうですよ、わたしは自分で決めたよ、と答えてみる。しかたなく、というのは、むしろ前の暮らしのほうが当てはまる言葉だ。しかたなく働いて、しかたなく人と競争して、しかたなく家賃をはらって、しかたなく生きていた。屋根があり、トイレ、水道、ガス、電気があるという点で便利だったが、その暮らしをすることは簡単なことではなかったし、ほかに何かもっと豊かな暮らし方があるのではないかと感じていた。
「標準」「つう」とされている暮らしの中には、さまざまなしきたりや制度が組みこまれている。家に属し、学校に通い、働いて、何をめざして生きていくのかにも。でも、属するべきとされている「ホーム」「標準」「普通」に収まらなくて、ホームレスでいたいことってあるのではないか。自分の中の、どくで、切なくて、やるせなく、どこにも収まらないことは、自分でも見えないことにしていたりする。
 そういった自分の気持ちをないことにしないでほしい。自分の中のホームレスなことが、一時的なしょうどうではなく、なにか大事なものを求める気持ちだとわかったとき、それは自由につながるかもしれない。そして、「ホーム」を出て、ほかの「ホームレス」たちとつながったとき、おたがいの自由を実現していけるかもしれない。

(制作中の校正用出力紙です。用紙や色合いは実際の紙面とは異なります)


『ホームレスでいること——見えるものと見えないもののあいだ』
目次

はじめに

1章 公園のテント村に住みはじめる
 どの地図にも載っていない村
 物々交換カフェ「エノアール」と「絵を描く会」
 女性のためのティーパーティー

2章 ホームレスでいること
 公園や路上での暮らし
 ホームレス女性の集まり「ノラ」
 街の再開発とホームレスの追い出し
 石を投げてきた中学生と話したこと
 〈コラム〉 「公共の場所」とは

3章 わたしたちのゆれる身体
 なぜ、公園や路上にとどまるのか
 土地の所有、物の所有
 ゆれる身体
 〈コラム〉 ホームレスと自由

4章 切り抜けるための想像力
 「R246星とロケット」と「246キッチン」
 壁をよじのぼる野宿者たち
 見えるものと見えないもののあいだで

手紙 ——少し離れたそこにいるあなたへ

見えるものと見えないもののあいだをもっと考えるための作品案内

著者=いちむらみさこ
2003年から東京都内の公園のブルーテント村に住み、仲間と共に物々交換カフェ「エノアール」を、また、ホームレス女性のグループ「ノラ」を開く。国内外でジェントリフィケーションやフェミニズム、貧困などをめぐる活動をしている。著書に『Dearキクチさん、ブルーテント村とチョコレート』(キョートット出版)、責任編集書に『エトセトラ VOL.7 くぐりぬけて見つけた場所』(エトセトラブックス)がある。『小山さんノート』(同前)編者の「小山さんノートワークショップ」メンバー。

〇シリーズ「あいだで考える」
頭木弘樹『自分疲れ――ココロとカラダのあいだ』「はじめに」
戸谷洋志『SNSの哲学――リアルとオンラインのあいだ』「はじめに」
奈倉有里『ことばの白地図を歩く——翻訳と魔法のあいだ』「はじめに」
田中真知『風をとおすレッスン――人と人のあいだ』「はじめに」
坂上香『根っからの悪人っているの?――被害と加害のあいだ』「はじめに」
最首悟『能力で人を分けなくなる日――いのちと価値のあいだ』「はじめに」
栗田隆子『ハマれないまま、生きてます――こどもとおとなのあいだ』「はじめに」
斎藤真理子『隣の国の人々と出会う——韓国語と日本語のあいだ』「序に代えて」
古田徹也『言葉なんていらない?——私と世界のあいだ』「序章」
創元社note「あいだで考える」マガジン