山本粧子の Hola! ジャガイモ人間~ペルーからコンニチワ~┃ 第26回
ブエノスディアス! 山本粧子です。
前回に引き続き、ペルーから足を伸ばしてアルゼンチンとブラジルのミュージアムを巡る旅行記第2弾! をお送りします。
今回の旅では、アルゼンチンで4カ所(アルゼンチン国立美術館、ブエノスアイレスラテンアメリカ美術館、国立装飾美術館、現代美術館)、ブラジルで9カ所(サンパウロ美術館、サンパウロ州立美術館ピナコテカ、映像と音のミュージアム、パウリスタ博物館、トミエ・オオタケ文化センター、在ブラジル韓国文化院、サンパウロ州移民博物館、ブラジル日本移民資料館、ベロオリゾンテの世界最大の野外美術館イニョチンなど)と、合計13ものミュージアムに行ってきました。
限られた時間の中で1カ所でも多くまわれるよう、旅行中は止まることなく、必死になって歩き続けました。
ペルーへ帰ってきて1週間ほど経ちますが、まだ身体のあちこちが痛く、強行軍の後遺症と共に今生きています。ムリは禁物ですね。
いつになったら、カフェで休憩したりしながら街を眺めたりするような余裕のある旅ができるんだろうと思ったりもしますが、まだまだ見たいものがいっぱいあるので、しばらくは難しそうです。
さて今回は、私が訪問したミュージアムの中から、ぜひ皆さんに紹介したい2つのミュージアムについて書きたいと思います。
アルゼンチン・ブエノスアイレスにはMALBA(マルバ)、ブラジル・サンパウロにはMASP(マスピ)と呼ばれる、南米でも特に有名な美術館があります。しかし私は、アメリカ・ニューヨークのMOMA(モマ)は聞き馴染みがあっても、ペルーへ来るまで、マルバもマスピも聞いたことがありませんでした。
しかしペルーで暮らし始めてからは、ラテンアメリカの美術館について調べるようになり、毎日各館のInstagramをチェックするようになり、「いつかいきたい、早くいきたい! いや、行くぞ!」と日々熱望していました。今回の旅行はその願いをかなえるための強行スケジュールだったのです。
それでは、まずは「MALBA」ことブエノスアイレス・ラテンアメリカ美術館(Museo de Arte Latinoamericano de Buenos Aires)から行ってみましょう。
頭が沸騰! ラテンアメリカ美術の粋を結集したMALBA
「おお。ようやく、ここに来ることができたのか!」
MALBAの公式SNSを毎日のようにチェックしていた私は、このMALBAロゴがドーンと入った建物の前に立った瞬間、ようやく生の推しに会うことが叶ったかのような興奮に包まれ、思わず大きな声で独り言を言ってしまいました。天井が高くスタイリッシュな感じでめちゃくちゃカッコよくないですか?
MALBAは、20世紀初頭から現在までのラテンアメリカに特化した美術作品の収集、保存、研究、普及を目的に2001年9月に設立された美術館です。
今回、私がみた「TERCER OJO(第三の目)」というテーマを掲げたコレクション展示では、アルゼンチン、ウルグアイ、ブラジル、メキシコ、エクアドル、キューバ、コロンビア、ベネズエラ、チリなどの現代アーティストの作品を見ることができました。
これまでにも多くの国で美術館を訪れましたが、その膨大な収蔵品のなかで数点、南米の作家の作品が展示されているのを見ることはあっても、すべての展示品がラテンアメリカの作品で構成されている展覧会は今まで出会ったことがありませんでした。
もともと知っているアーティストはほんの2人くらい。
見たこともない画風の絵画、感じたことのない空気を放つ立体作品、知らなかった社会背景、想像もしなかったような空間づくりのアイデア……、すべてが勉強になりました。
MALBAの企画展は3か月ごとに入れ替えがあるそうで、私が訪問したときは、アルゼンチンで最も有名なアーティストの一人であるジュラ・コシツェ(Gyula Kosice, 1924-2016)が特集されていました。
コシツェはチェコスロバキア生まれでアルゼンチンに帰化した彫刻家で、造形作家や詩人、評論家としても活動した人です。企画展は彼の生誕100周年を記念して、彼を戦後美術の文脈の中で再定義することを目的とする展覧会でした。
ジュラ・コシツェは、世界で初めてネオンガスと水を使って作品を作った作家とも言われています。たしかに、展示されているほとんどすべての作品に水が使われていました。
例えば、「ハイドロスペースシティ」という作品は、1946年に制作を始め1972年に完成したという超長期プロジェクトのインスタレーション作品。
青い壁で囲まれた空間に足を踏み入れた瞬間、宇宙空間に飛び出したのか、あるいは海中に潜ったのかというような、不思議な感覚に陥ります。
空間内には、中に水が詰められている(?)プラスチック製の宇宙船のようなオブジェクトが光に照らされながらぷかぷか浮いていて、床に幻想的な影を落としています。
光と影、水と私。人間の60パーセントが水と言われていますが、私の中にもたくさんの水分があるんだよな、すごく大きな器だな、私自身もこの宇宙船のように、知らないうちにめちゃくちゃたくさんの量の水分を持ち運んでいるんだよなと感じました。
「プラスチックのおかげで、コシツェは作品に水の美的な可能性、「私たちの手を逃れた要素」を作品に取り込むことができた。生命にとってエネルギーの源そのものである水を作品に組み込むことにより、芸術作品に活力が与えられた」
という解説は、特に私の心を動かしました。
確かに、私たちは今では当たり前のようにペットボトル入りの飲料水を持ち歩いていますが、これってごく最近可能になったことなんですよね。
新しい技術によって、人類は新しい表現方法を手に入れることができた。
でも、プラスチックが普及したことによって、廃棄物問題などの新たな弊害が生まれていることも確かで、複雑な気持ちになりました。
それに、コシツェは2016年に亡くなっているため、展覧会の設営は、作家本人のいないところで、本人ではない多くのスタッフがプラスチックに水を入れ、吊るし、角度を調整して設置していくことになります。
もちろん、過去の本人による展示の記録をもとに、専門家が監修しながら再構成しているのですが、その設営風景のメイキング動画を見ていると、いったい何をもって「作家の作品」というのだろうと感じました。
私自身も何度か個展をしたことがあるので、展示会場の雰囲気や自分自身のイメージに沿って作品の見せ方を変えることの大切さをよく知っているからです。
コシツェの展覧会を見ながら、私は生きている間に一回でも多くの展覧会をしようと心に決めました。死んでからの展覧会に自分が行くことはできないですから。
一方で、企画展の最後は壁に書かれた「EL HOMBRE NO HA DE TERMINAR EN LA TIERRA(人間は、地上で終わるものではない)」という言葉で締めくくられていました。LA TERRAは「地球、地上、大地、この世」などを意味する言葉で、「生きている間にできるだけのことをしなきゃ」と思った私にとっては、意味深な言葉でした。このLA TERRAは日本語に訳すとどの言葉が適切なんだろうなと思いながら、部屋を出ました。
そして、なんと言ってもMALBAの目玉は、南米で最も有名なアーティストと言っても過言ではないあの方、メキシコの女性画家フリーダ・カーロの作品です。
フリーダは、もともと医師を目指していましたが、18歳のとき生死をさまようような交通事故に遭い、その後遺症に生涯苦しみ続けました。療養中に痛みと退屈な時間を紛らわすために自己流で絵を描き始めたとも言われています。
彼女にとって絵を描くことは自分自身と向き合う方法だったのかもしれません。47年の短い生涯で200点以上の作品を残しましたが、その大半は自画像でした。
館内にはなんと、フリーダ・カーロ作品のためだけの部屋がありました!
南米にくることになって以来ずっと楽しみにしていたので、ドキドキしながら、恐る恐る特別展示室に入っていきました。
部屋に入ると、フリーダ・カーロとその夫ディエゴ・リベラのモノクロの写真がドーンと正面に掲示されていて、すぐにピピっときました。ここにはフリーダとディエゴのラブストーリーが展示されているんだなと。
著名で奔放な壁画家であったディエゴとの結婚生活は、時にはフリーダを苦しめることもあったようですが、それでもやはりフリーダ・カーロの絵を語る時に、彼らの愛は切り離せないってことなのでしょうか。
あるいは、フリーダが亡くなってから70年も経った今でも彼女の愛した時間がミュージアムの一室に展示されているのは、やはりフリーダ・カーロの人間性や生き様そのものが今なお人々を魅了し続けていることの証明なのでしょうか。
フリーダは生前からすでに脚光を浴びていたにもかかわらず、存命中に開催した個展はたったの2回だけだったそうです。
新鮮な驚きに満ちたラテンアメリカの美術作品の数々、コシツェ展でかいま見たアートの抱えるジレンマ、フリーダ・カーロ特別室の膨大なエネルギーなど、あまりの情報量に頭が沸騰してしまいました。
外の空気を吸うために外に出たら、入った時は明るかった空がすっかり真っ暗になっていました。
南米最大の欧州美術コレクション・MASP
次はMASP(マスピ)ことサンパウロ美術館(Museu de Arte de São Paulo)。ここには、中世から現代に至るまで、各時代の西洋美術作品が数多く収蔵されています。
第二次世界大戦前後に、ヨーロッパの所有者が不況のためやむ終えず手放した美術品の数々を、ブラジルのメディア王と言われるアシス・シャトーブリアン氏が短期間で一気に購入し、コレクションを形成したそうです。そのためシャトーブリアン氏によって設立されたMASPは、南半球の美術館で最も重要なヨーロッパ美術のコレクションを持っているのです!!ブエノスアイレスからサンパウロへは飛行機でたったの約2時間半で移動でき、想像以上の近さに驚きました。
MASPは、サンパウロ市内最大のビジネス街・パウリスタ通りにドーンと聳え立っていました。ブラジルのみならず南米最大の大都市と言われるサンパウロの中心街とあって、このパウリスタ通りに着いた瞬間、高層ビルとアスファルトに囲まれた大都会のダイナミックさと雰囲気に圧倒されてしまいました。
久々の大都会に目を見張りながら中に入ると、さらに度肝を抜かれます。
だだっ広い空間に、たくさんの名画が浮いているのです!
なんだこれは!
よく見ると、絵はガラスのパネルにかけられて展示されていました。
作品を壁から離すことで、伝統的なヨーロッパの展示形式に疑問を投げかけていることがひと目でわかりましたし、私自身も、絵は壁にかけるものだという固定概念にガッチリ縛られていることに気がつきました。
何より感動したのは、絵の裏側を見ることができたことです。
皆さんは、美術館で絵の裏側、キャンバスを見たことはありますか?
当時のシミや汚れ、キャンバスの折れている感じなども見えるのです。
大好きなアメデオ・モディリアーニの作品のウラ側を見られたことに感動して、しばらくその空間から離れることができませんでした。
画家本人がこの作品を描いていた時にも、こんな感じでキャンバスに向き合っていたのでしょうか?
絵のウラ側を見せてもらえたことで、更に絵に近づけた感じがしましたし、憧れの画家をいつもよりも少し身近に感じることができたのです。
MASPのミッションは、視覚芸術を通じて、過去と現在、文化と地域の間の対話を、創造的な方法で確立することだそうです。
ガラスのパネルでの展示を通して絵画を鑑賞する体験は、まさにこのミッションの実践がバシバシ伝わってきて、驚かされてばかりでした。
世界中でこのような展示方法をしている美術館はなかなかないと思いますので、壁にかかっていない、宙に浮いているように見える名画を見にサンパウロへ足を運んでみるのもいいかもしれません。
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2カ国でのミュージアム巡りの旅を終えて、「世界には本当に素晴らしいミュージアムが、まだまだ、たくさんあるんだな!」と改めて思いました。
ペルーの自宅に帰ってきたばかりですが、次はどこの国のミュージアムへ行こうか早くもワクワクと計画し始めている自分にちょっと驚きです。
死ぬまでに世界中のミュージアム全制覇できるように頑張りたいですね。
それでは今回はこの辺りでアディオース!!