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【科学者#093】さまざまな分野で重要な基本原理を確立した最後の普遍主義者【アンリ・ポアンカレ】

科学者の中にはひとつの分野ではなく、さまざまな分野で活躍した科学者がいます。

例えば、第13回目で紹介したロバート・フックは、多才で天文学、物理学、生物学などの分野で業績を残しています。

ひとつの分野ではなく色々な分野で活躍できる科学者というのは、多くのものに共通する事柄、普遍性を見出すことが得意な人が多いです。

今回は、さまざまな分野で重要な基本原理を確立した最後の普遍主義者であるアンリ・ポアンカレを紹介します。



アンリ・ポアンカレ

名前:ジュール=アンリ・ポアンカレ
   (Jules-Henri Poincaré)
出身:フランス
職業:数学者・理論物理学者
生誕:1854年4月29日
没年:1912年7月17日(58歳)


業績について

ポアンカレは、数学、数理物理学、天体力学などで重要な基本原理を確立し、多大な業績を残しています。

その中で、今回はポアンカレ予想を紹介したいと思います。

ポアンカレ予想とは、7つのミレニアム懸賞問題のうち唯一解決されている問題(2024年現在)であり、境界を持たない連結かつコンパクトな3次元多様体は、任意のループを1点に収縮できるならば、3次元球面 S³と同相であるというものになります。

ちなみにミレニアム懸賞問題というのは、アメリカのクレイ数学研究所によって、2000年に発表された100万ドルの懸賞金がかけられている7つの問題になります。

ポアンカレは、1904年に数学の位相幾何学(トポロジー)における定理の一つであるポアンカレ予想を提出しています。

ポアンカレ自身もこの問題に取り組むのですが、解決できずに亡くなってしまいます。

さらに、多くの数学者達がこの問題に挑戦するのですが、最終的に数学者のグリゴリー・ペレルマンによって証明されます。



生涯について

ポアンカレの父親は大学の医学教授で、従兄弟にはフランス第三共和政大統領であるレイモン・ポアンカレがいます。

レイモン・ポアンカレ

ポアンカレは、両利きで、近眼で、小さい時はジフテリアにかかり重傷だったこともあります。

1862年には、ナンシーのリセに入学し11年間過ごします。

この頃から作文に秀でており、さらに数学の先生からは「数学の怪物」と言われていました。

リセでは全科目でトップクラスの成績を修め、全国のリセのトップの生徒の間で行われるコンクールで優勝します。

1870年には普仏戦争にて、父親と共に救急隊に所属します。

1873年にはエコール・ポリテクニークに入学し、1875年に卒業します。

この時期は、シャルル・エルミートのもとで数学を学んでいます。

シャルル・エルミート

ポアンカレは協調性が乏しく、運動と芸術は平均的でした。

音楽に関しては、聴くのが好きだったので在学中にピアノを習おうとしたのですが、うまくいきませんでした。

さらに記憶力が素晴らしく、読んだテキストをすべて覚えていたと言われています。

そして、聞いたことを視覚化する能力を持っていたので、視力が悪く講義の板書を見ることができなかったため、この能力が役に立ちました。

1875年11月から1878年6月まで、パリ国立高等鉱業学校で学び、1879年3月に学位を取得します。

その後は博士号を取得する準備をしながら、ヴズールで鉱山技師として短期間過ごします。

1879年には、エルミートのもとでパリ大学で数学の博士号を取得します。

卒業後は、カーン大学で数理解析を教えるように任命されるのですが、授業は褒められた内容ではありませんでした。

1881年にはパリ大学の理学部の教授に任命され、1886年にはパリ大学の理学物理学と確率学の教授に任命されます。

1881年4月20日には、フランスの動物学者であるエティエンヌ・ジョフロワ・サンティレールの孫であるルイーズ・プーラン・ダンデシーと結婚します。

エティエンヌ・ジョフロワ・サンティレール

1883年から1897年には、エコール・ポリテクニークで解析学を教えます。

1889年のスウェーデン兼ノルウェー国王オスカー2世の60歳を祝うための数学のコンテストでは、天体における三体問題に関する研究で受賞します。

1887年の32歳のときにはフランス科学アカデミーに選出され、1906年にはアカデミーの会長に選出されます。

1908年3月5日には、アカデミー・フランセーズに選出されます。

1912年7月17日には、パリで塞栓症により亡くなってしまいます。

フェリックス・クライン

実は、ドイツの数学者であるフェリックス・クラインとポアンカレの書簡では、多くのアイデアが交換されていたのですが、二人の仲はとても悪かったようです。

これは、ポアンカレがドイツ人数学者のラザルス・フックスの研究を高く評価していることにクラインが腹を立てていたからだと言われています。




ポアンカレという科学者

心理学者のエドゥアール・トゥールーズが書いた本である『アンリ・ポアンカレ』では、ポアンカレについて次のように書いています。

一日の中で、午前10時から正午、午後5時から午後7時の合計4時間数学の勉強をする。

夜遅くに雑誌の記事を読む。

研究だけではなく、抗議や著者もすべて基礎から丁寧に作り上げた。

このことからも、ポアンカレが非常に正確な労働時間を守り、丁寧に私生活も研究も行っていたことが分かります。

ポアンカレは、天体力学、流体力学、光学、電気、電信、毛細管現象、弾性、熱力学、ポテンシャル理論、量子論、相対性理論、物理宇宙論など多くの分野に貢献します。

これは、異なる数学的テーマ間の相互作用を考え、ポアンカレの幅広い知識と理解により、多くの異なる角度から問題に取り組むことで成し遂げられたと言われています。

今回は、さまざまな分野で重要な基本原理を確立した最後の普遍主義者であるアンリ・ポアンカレを紹介しました。

この記事で少しでもポアンカレについて興味を持っていただけると嬉しく思います。

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