原付で転倒した話①🛵
神戸の街全体を真っ白に塗り込めるほどの積雪は、20数年ぶりだったらしい。
らしい、と言うのは、僕がこの街で働き出してからまだ15年しかたっていないからで、白銀に覆われた港湾都市の記憶など当然僕にはなかった。
機械的な陰影も不揃いな色彩も、一夜にしてすべて白が消し去っていく。
そのギャップを考えると、都市の降雪は、それだけで十分ドラマチックな存在なのだと思う。
まぁ、このエピソードに雪は直接関係しないのだけれど、イントロダクションを多少でも盛り上げたくて、無駄話をしてみた次第。
さて本題。
翌日は一転して青空がどこまでも広がり、思いの他力強い光が残雪に差さっていた。
雪から溶け流れた水がアスファルトの路面を濡らす。
その日僕は、ある人の自宅に訪問する予定だった。
僕は障害者相談支援専門員という仕事をしている。
どんな仕事かを一言で言い表すのは難しいし、仮にうまく言えてしまうと、その役割の価値が目減りするようで、簡潔に表現したくない、という思いもある。
仕方なく説明せざるを得ない時は、「こんな風に生活したいという希望を聞き、その実現のために何が必要か一緒に考え、適切なサービス等を提案する仕事」と言うようにしている。
業務は多岐にわたっていて、自分が何屋なのか僕自身も分からなくなる。
引っ越しを手伝うこともあれば、掃除もする。
希死念慮が高まっている方のお話を伺うこともあれば、高校に出向いて行って高校生と話すこともある。
生活保護や障害年金の申請のお手伝いもするし・・以下省略。
とにかく、あきることのない仕事であることは確かだ。
相談支援専門員としてある方に関わってほしいと、自治体職員からリクエストがあり、数か月前から、時々彼の自宅を訪問していた。
(当然守秘義務が強く課せられているので、彼の個人的特徴については一切書くことができない。)
彼は何度も精神科病院への入退院歴を繰り返し、現在は単身で生活しているものの、様々な生活のしづらさを抱え、限界に近い状態が続いていた。
彼に会った多くの専門職の人たちは皆「入院していないのが信じられない」と口にしていた。
それでも僕は、何とか地域生活を維持してほしいと願っていたし、何よりも彼と会うことを、不思議なほど楽しく感じていた。
訪問にはいつも、3年前に法人名義で購入した青い原付スクーターを使っている。
寒空の下を原付で走るのは、全身を宇宙に投げ出すかのような完璧な孤独を覚えるのだけど、そうまでして誰かに会いに行くことでその行為自体の神聖性を高めたい、そんな自己陶酔があるのも事実だ。
去年のバーゲンでパートナーが買ってくれた分厚い緑のダウンを着込み、防寒用のズボンを重ね着して、原付にまたがった。
ヘルメットの首紐をロックし、エンジンキーを右にひねる。
軽快にエンジン音が響くと、僕は右後方を一瞥した後、アクセルレバーを一気に回した。
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